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「人生ロンダリング」繰り返す主人公、本当に無実か?

通過者

 ジャン・レノ主演で2000年に公開されたフランス映画『クリムゾン・リバー』は、猟奇的な殺人事件が発端のミステリだった。同名の原作の著者ジャン=クリストフ・グランジェが新作『通過者』(TAC出版)で、完全復活した。

 猟奇的と言えば、これほど猟奇的な死体はないだろう。フランス・ボルドーの駅の構内で若い男の全裸死体が発見された。頭には大きな牡牛の頭がすっぽりと被せられていた。いったい何のために。まるでギリシア神話に登場する牛頭人身の怪獣ミノタウルスを模したかのようだった。捜査主任となったのは、フランス国家警察ボルドー警察本部の29歳の女性警部アナイス。父はボルドーのワイン醸造学の権威だったが、過去のスキャンダルが原因で父娘は長い間会っていなかった。

 一方、ボルドーの病院で働く精神科医マティアスのもとに運ばれた記憶喪失の大男が思い出したと語る名前、職業、出身などはすべてでたらめだった。男が事件現場の駅にいたことをつかんだアナイスはマティアスを訪ねる。この後、2人の行動が交互に描かれる。

 タイトルの「通過者」とは、ある日記憶を失い、まったく新しい人格と記憶を創造して生きて行く「旅人」のような存在を意味する。やがて主人公のマティアスと思われていた男には、まったく別の過去があったことが明らかになる。次々に起きる猟奇殺人事件の容疑者として手配されたマティアスには、うしろめたい「記憶」があった。自分は誰なのかを探りながら、ボルドーからマルセイユ、パリと非常線をかい潜って逃亡する。彼は警察に追われるだけでなく、さまざまな追手からも命を狙われる。経歴・記憶などを何度も更新する、いわば「人生ロンダリング」を繰り返すマティアスの身にいったい何が起きていたのか。

29歳ギャル警部が暴走

 彼の無実を信じるアナイスは捜査から外されるが、暴走とも言える過激な行動でマティアスの後を追う。その破天荒なキャラクターが魅力的で、評者ははまった。

 2段組み700ページの本書を手にしてためらう人もいるだろう。実際評者もそうだった。入手してから読みだすまでひと月ほど棚ざらしに。しかし、一度読みだすと止まらない。短い断章を積み重ねる形でストーリーは進み、実に読みやすい。それぞれに詩的な見出しが付いているのもフランス風でしゃれている。

 フランスは都市部では国家警察が、地方では憲兵隊が警察機構を担うとか、裁判所の予審判事が途中から事件を指揮するなど、日本とは異なるフランス独特の司法システムが面白い。若い学歴エリートが抜擢されるのもそうだ。29歳のギャル警部が事件を指揮するというストーリーは日本ではリアリティを持たないが、かの国ではさもありなんと思う。

 季節風ミストラルの寒風吹きすさぶマルセイユや高級娼婦など怪しい人間が跋扈するパリの裏街の描写もすばらしい。著者がジャーナリストとして活動していたというのもうなづける。

 本書を原作としたドラマが2014年から15年にかけてフランス国営テレビで放送されたという。二人の主人公をどんな俳優が演じたのか、見てみたいものだ。  

  • 書名 通過者
  • 監修・編集・著者名ジャン=クリストフ・グランジェ 著、吉田恒雄 訳
  • 出版社名TAC出版
  • 出版年月日2018年8月24日
  • 定価本体2800円+税
  • 判型・ページ数四六判・709ページ
  • ISBN9784813271567
 

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