読むべき本、見逃していない?

親分、てぇーへんだ! 悪党はあっしらだとバレやした

江戸の目明し

 神田明神下の銭形平次、黒門町の伝七親分、神田お玉が池の人形佐七...。時代劇のなかで、目明しや岡っ引きを主人公にした物語は少なくない。奉行所の役人のスーパーアシスタントとして、十手を達人のごとく操り、大刀を振り回す悪党と立ち回りの末に事件を解決。ドラマを見終わって「よかった、よかった」と溜飲を下げる。

 明神下の平次も、黒門町の伝七も、その他の親分衆も架空の人物。モデルとなるような存在もない。それどころか目明しや岡っ引きの実態は、その任を務めていたのはたいていが元犯罪者で「御用の筋」をいいことに悪行を重ねていたという。資料をもとに彼らのことを検証したのが本書『江戸の目明し』(平凡社)。一読すれば、時代劇の見方が変わる...かも。

遠山の金さんは目明かし嫌い

 時代劇で描かれる親分によっては、十手を手にして、その術の訓練に怠りがない達人ぶりが強調されたり、また、別の親分は、子分らが事件の発生を知らせにくると神棚に供えてあった十手を腰に「どっちでぇ?」と聞きながら飛び出していく。

 実際にこうしたことが行われていたとは考えられないという。十手はそもそも事件のたびに貸与されていたもので、事件がおわれば返却させており、お上から預かるのは有事のときだけ。神棚に供えることも、聞き込みで警察手帳のようにチラつかせ「御用の筋で...」などとやる場面も、現代で創作されたシーンなのだ。

 あるテレビドラマで「遠山の金さん」で知られる北町奉行、遠山左衛門尉から直接、正義感の強い町人に十手が授けられるシーンがあった。著者は、それだけの場面に、史実とはかけ離れた演出が数々施されていたことを指摘する。まず、先述のとおり、十手が身分証明書を兼ねて授けられるものではないこと。奉行が目明しの町人と直接会って話すのも異様といい、遠山が目明し廃止論者だっただけに余計にこのシーンはおかしいという。

 さらに変というのは、町人が目明しに指名される設定だ。目明かしの実態は改心したとみえる元犯罪者であり「一般の町人が目明しになるのはおかしい」と著者は指摘する。その前歴から江戸の裏社会に通じており、役人にとって情報収集にはうってつけ。「蛇の道は蛇」。犯罪の手口に詳しければ捜査にだって役に立つ。奉行所の仕事は警察ばかりでない。しかも江戸の街は拡大する一方。少ない役人で手が回らないところを、元その道のプロで補おうというわけだ。池波正太郎作品でいえば「剣客商売」の四谷伝馬町の御用聞き、弥七より、鬼平犯科帳の密偵たちの方が、本来の目明しに近い感じなのか。

いるけどいない存在

 元犯罪者であっても、鬼平の密偵たちのように江戸市中の平和のために働いてくれればよかったのだが、そうではなかったらしい。そうではなかったどころか、お上のご威光をかさに着て悪行を重ねていたというのだ。

 押収した証拠品を勝手に売り飛ばしたり、自らの犯罪を帳消しにしてもらうために他人の犯罪をでっち上げて上申。捕えられた犯罪者の妻に取り入って関係を迫り金をだまし取ったりした挙句に遊女屋に売り飛ばす、などなど。実際の目明し、岡っ引きは、時代劇では彼らに取り締まられる香具師の極悪親分のようなのだ。

 悪行にもかかわらず目明かしがなくならなかったのは、幕府による大掛かりな取り締まりを実効あるものにするには欠かせなかったから。幕府の権威回復や経済再建を目指した「天保の改革」では出版や娯楽、賭博などに強い規制がかけられた。江戸市中をパトロールする定廻りなどの同心は南北奉行所合わせてたった28人。幕府からの指令を実施するため、その現場では目明しやその子分らを動員せざるを得ない事情があった。

 目明かしの実態を知った幕府側は目明かしの使用を禁じていたが、現場では、その実用性や人手不足の補充性から、ある意味欠かせぬ存在。直接の使用者は現場を担当する同心で、使うなと言えぬ奉行所は見て見ぬふり。公式にその存在を認めるわけにはいかず、建前では「いない」ことになっていた。江戸時代を通じてなくなることはなく明治維新直前まで、目明しの子分である下っ引きを合わせて1000人ほどが江戸市中にいたらしい。

 本書などによって、目明しの実態が広く知られるようになれば、時代劇が生まれ変わり、マゲモノにも新時代がやってくるかも。

 著者は、将棋史や盤上遊戯史、賭博などについての研究者。遊戯史学会会長を務めている。賭博についての著作を準備中に、江戸の博徒を調べている間に目明しに行きあたり、さらに資料に当たるなどして本書を著した。

  • 書名 江戸の目明し
  • 監修・編集・著者名増川 宏一 著
  • 出版社名平凡社
  • 出版年月日2018年8月17日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書・184ページ
  • ISBN9784582858877

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