中国東北部の「撫順」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。社会科では、撫順=石炭産地と教えられてきた。そこで知識が止まっている人が大半だろう。
戦後の撫順には、実は「戦犯管理所」が置かれていた。1000人近い日本人の「戦犯」が、長い人では10年以上も収容されていた。本書『撫順戦犯管理所長の回想』(桐書房)はその管理所の「元所長」による回顧録だ。
「こうして報復の連鎖は断たれた」と副題にある。戦犯に「教育」を施し、戦犯が反省したことで日中戦争の恩讐が消えたという話が軸になっている。
そのあたりのことは、これまでにも報道されている。周恩来の方針で、日本人戦犯に対しては、「改悛」に重きを置いたソフト路線がとられたという。反省して帰国した「元戦犯」たちは「中国帰還者連絡会」(中帰連)を創設し、日中友好、加害証言の活動などをした。回顧録も出版されている。
もちろんこうした人たちに対しては、「中国で洗脳された」と見る向きもあり、日本での反応は複雑だった。元日本軍幹部らが軒並み「改悛」したわけだから、目や耳をふさいだ人が多かったと言えるかもしれない。帰国者は次第に高齢化し、中帰連も2002年に解散。その後は「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」に変わっているという。
こうして、かつては多少なりとも話題になった「撫順戦犯管理所」に関する日本人の記憶は、この20年ほどでほぼ風化した、というのが現状だろう。
では、本書の意義は何か。形式的には「日本人の元戦犯」ではなく、中国側、管理所側からの新たな証言ということになる。しかしながら評者は、本書を手に取って別のことに深い感慨を抱いた。著者の金源・元管理所長の波乱万丈、数奇な人生についてだ。
中国で日本人戦犯を収容した管理所の所長と聞けば、誰しも生粋の中国人だと思うだろう。ところが金源さんは、朝鮮人なのだ。1926年、現在の韓国慶尚北道で生まれた。本書では幼少時からの人生が克明につづられている。「この書は私の70年の人生の、決して平たんではない道のりの記録である」という書き出しだ。
・7歳の時、一家は生活苦で朝鮮の故郷を離れ、満州に移住した。着いてみると、満州もまた日本帝国主義の圧政の下にあった。私たち一家は、亡国の民として辛酸をなめながら、北へ北へと放浪した。 ・私は日本軍に徴兵され、危うく命まで奪われそうになった。 ・日本降伏後に、4年にわたる中国の内戦が東北地方から始まり、朝鮮への帰国の道が断たれた。私は中国で軍人となり、1950年から28年間、撫順戦犯管理所で、管理教育科副科長、科長、副所長、所長を歴任した。
朝鮮人として生まれた金さんが、一時は日本軍人になり、のち中国内戦に身を投じ、やがて中国軍人として、日本人戦犯を管理する立場になったというのだ。20世紀の朝鮮半島・中国・日本を揺るがした政治の大渦の中に投げ込まれ、三つの国の現代史を体験した稀有な一人ということになるだろう。
本書はこのように、金さんの一代記となっている。さまざまなエピソードが登場する。たとえば日本軍に召集された時の話。ソ連国境に近いチチハルの商業学校に在籍していた金さんに召集令状が来たのは1945(昭和20)年8月14日のことだった。仲間の朝鮮人学生8人もいっしょだった。すでにソ連軍の突然の参戦で、チチハルの日本軍は、「焼けた鉄板の上のアリのようにそわそわして、落ち着きを失っていた」。
金さんはただちに野戦砲兵隊に配属される。約100人の新兵に日本軍の少尉が訓示した。
「お前たち全員、軍事訓練を受けたことがないだろうが、問題はない。お前たちには軍事的な技術など必要ない。ソ連軍の戦車が来たら、お前たち全員が爆薬を抱えて、タンクを爆破すればいいのだ!」
少尉は、爆発のさせ方を自分でやってみせ、注意事項を伝えた。夜中の12時、出発のラッパが鳴り響いて新兵たちは爆薬を満載したトラックのあとに続いた。大半は日本人の学生だった。死神を前にして、日本人学生も朝鮮人学生も緊張の極限に達していた。逃げ出そうと思ったが、まったく機会がない。しかし、急に方針が変わった。トラックは市街地を一周して再び野営地に戻った。学生たちはそこで一晩眠った。
翌日。日本兵は意気消沈し、悲嘆に暮れていた。新兵たちには何が起きたのか知らされなかった。16日、お前たちは家に帰れ、という指示が出た。金さんのわずか「一日半」の日本兵としての軍隊生活が終わった。18日、ソ連軍の戦車がチチハルに入ってきた。日本兵や日本人の姿は消えていた。出迎えた中国人や朝鮮人が歓声を上げた。
撫順戦犯管理所に収容されていた日本人戦犯は、本書によれば969人。大部分は尉官級以下で少佐以上は31人にとどまった。
戦争が終わって、満州にいた日本兵は大量にソ連の捕虜になり、ソ連領に連れていかれた。約3000人が戦犯とされ、裁判が進んでいた。1950年段階でまだ判決を受けていなかった969人が、中ソの交渉で、ソ連から中国に身柄を移管された。その収容先になったのが、撫順戦犯管理所だった。
満州国の時代、ここは撫順監獄だった。中国の抗日運動家の収容場所となり、拷問で死んだ政治犯も少なくなかったという。戦後、多数の白骨が見つかった。この監獄の所長は、皮肉なことに、「969人」の一人になっていた。
管理所に収容された日本人の容疑は殺人、拷問、略奪、放火、強姦、細菌戦などさまざまだった。ちょうど朝鮮戦争が激化していた。共産軍が劣勢になったことを知った戦犯たちは、もうすぐアメリカ軍の助けが来ると考え、管理所内での「反抗」活動が先鋭化したという。
管理所の任務は、こうした日本人収容者の反抗を抑え、反省の心境に持っていくことだった。しかし、それには別の難題があった。管理所側の職員の不満が募っていたのだ。
「我々の同胞を数え切れないほど殺した日本のファシストどもは、頭を下げて罪を認めるどころか、いまだに反抗している。どうしてあいつらをのうのうと生かしておくのか! おまけに、奴らにたっぷり食わせるとは! 一体どうなっているのだ!」
管理所の指導者たちは、戦犯たちの反抗を抑えると同時に、こうした職員たちの気持ちを落ち着かせようとすることにも努力しなければならなかった。
「なぜ、日本人戦犯たちは罪を告白したのか? なぜ、中国人職員たちは憎しみに克てたのか? なぜ、戦犯と職員たちは敵から友になったのか? 」というのが本書の大きなテーマになっているが、実際のところ、簡単ではなかったことがよくわかる。
金さんが管理所の仕事をするようになったのは、朝鮮人だったので、日本語ができたことが大きかったようだ。
中国で生きることを決め、瀋陽の公安幹部学校で研修を終えた1950年、上司に呼び出されて聞かれた。君は日本語が上手らしいが、『政治経済学』のような本の翻訳はできるかと。「おおよそのところできます」と答えた。当時の中国ではロシア語熱が高く、日本語は不人気だった。
「日本語が何の役に立つのですか? 日本は敵です」と問うと、32歳の上司は「敵の言葉であろうと学ぶべきです。将来必ず使い道がありますよ」と笑った。そして、すぐに政治保衛所に行って仕事の指示を受けるようにと命じられる。その仕事が「管理所」だった。
このくだりを読んで、評者はあることを思い出した。かつて中国政府で日本担当をしていた人物と知り合った時のことだ。非常に流ちょうに日本語を話す。どこで学んだのかと聞いたら、1950年代の小学生の時から中国で日本語を勉強していたという。さらに尋ねると、当時、周恩来だか毛沢東の指示で、中国では全国に数か所、中国に残留した日本人を教師役にして、日本語の特訓教育をする小学校を設けていたのだという。生徒は全国から特別に選抜されていた。彼はその小学校の卒業生なのだという。当時の中国首脳部は、いずれ日中は国交を正常化すると考え、その時に備えていた、と聞いて驚いた記憶がある。国交正常化後に、対日政策に携わった中国政府関係者の半数は、それらの小学校の卒業生だと語っていた。
撫順管理所については、これまでに日本ではいろいろなことが言われているが、大量の「反省した戦犯」を生み出したことだけは間違いない。「日本語小学校」も含めて中国上層部の一貫した戦略を垣間見ることができる。本書からそのあたりが読み取れて興味深かった。
現在、「米中対決」とか「米中二極構造」と言われているが、20年ほど前、北京の大型書店に行った時のことも思い出した。当時も、米中関係は良好ではなかったと思うが、学習参考書売り場には小学生向けの英語の参考書があふれていた。日本ではまだ小学生に全く英語を教えていなかったころの話だ。今から考えれば、「敵の言語」の教育に布石を打っていたのかもしれないと思ったりした。
本書は1995年、『奇妙な縁』というタイトルで、韓国で出版されたのが最初だという。98年に中国語に翻訳出版された。その時のタイトルは『奇縁――ある戦犯管理所長の回想』。金さんは2002年に亡くなったが、ようやく日本語版が出たというわけだ。訳文は平易で読みやすい。
ちなみに金さんは、文化大革命では、「戦犯に同情した」ということで「罪人」となり下獄、拷問などの辛酸をなめたことも記している。
ところで、管理所で「反乱」を起こしていた日本人戦犯のリーダー格は藤田茂・元陸軍中将だった。第五九師団の師団長だった人だ。ところが、その後「更生」の道を歩み、帰国後「中帰連」の会長に。しばしば「訪中団」を率いて訪中、90歳で亡くなるときは「中山服を着せてくれ」という遺言を残したという。平成・令和の日本人からは、想像もつかない昭和史の裏面を知る意味でも、本書は興味深い。
BOOKウォッチは関連で、『中国共産党と人民解放軍』 (朝日新書)、『傀儡政権――日中戦争、対日協力政権史』 (角川新書)、『731部隊と戦後日本』(花伝社)、『増補 南京事件論争史』(平凡社)、『陸軍登戸研究所〈秘密戦〉の世界――風船爆弾・生物兵器・偽札を探る』(明治大学出版会)、『ラストエンペラーの私生活』(幻冬舎新書)、『移民たちの「満州」』(平凡社)、『阿片帝国日本と朝鮮人』(岩波書店)、『ノモンハン 責任なき戦い』 (講談社現代新書)、『なぜ必敗の戦争を始めたのか』(文春新書)、『帝国軍人』 (角川新書)、『文化財返還問題を考える――負の遺産を清算するために』(岩波ブックレット)なども紹介している。
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