東京オリンピックが予定通り開催されていたならば、多くの競技会場として世界中から人が集まり、世界中の人々が注視していたに違いない東京湾岸。その歴史と文化について、地域ごとにエピソードを紹介し一冊にまとめた読み物が本書『ぐるっと湾岸 再発見』(花伝社)である。
東京湾岸と言うと、「何もない埋め立て地」「大規模開発の連続で人間味に欠ける」と思われがちだが、そうしたイメージを覆す内容になっている。
著者の志村秀明さんは芝浦工業大学建築学部教授。1968年、東京湾岸の月島に生まれ、月島在住。勤務先の芝浦工大はやはり湾岸の豊洲にあるから、どっぷり東京湾岸につかった人と言っていいだろう。
晴海、豊洲、東雲・辰巳、有明などの13章から成るが、セールスポイントは以下の4点だ。
・地域ごとに章を設け、晴海、豊洲など近年注目の集まる地域から、東雲・辰巳などこれまであまり歴史・文化の文脈で語られることのなかった地域までを網羅していること ・見開き構成を基本とし、章の冒頭に地図を掲載し、街歩きのガイドブックとしても使えること ・最終の第13章では明治以降の東京湾岸の開発の歴史をまとめ、都市計画を通史的に紹介していること ・延期になった東京2020オリンピックの多くの会場を有し、注目が集まる地域を網羅的に知ることができること
原稿の初出は、東京湾岸地域の情報誌「豊洲 Brisa」と「りんかい Breeze」の連載コラムだ。計41本のコラムを11の地区ごとに紹介した。
徳川家康による江戸開府以来、東京湾岸は東京の発展を支えてきた。特に明治以降の歴史をこうコンパクトにまとめている。
「東京湾には隅田川が上流から絶えず土砂を運んでくるために、水深が浅く、大型船が入って来られませんでした。そこで、海底の土砂を積み上げてできたのが埋立地で、それら埋立地群によって東京湾岸地域が形成されていきます」
近代化には工場が付きものだ。中央区石川島(中央区佃)と、明治時代に埋められた月島に、まず造船所や鉄工所といった工場がつくられ、昭和初期に埋め立てが完成した豊洲にも造船所や鉄工所がつくられた。
戦後、石炭などの燃料やガス、電気が必要となったが、東京には発電所やガス工場をつくる土地がなかった。そこで豊洲埠頭(豊洲6丁目)を埋め立てて、石炭埠頭や発電所、ガス工場を建設した。
築地市場から豊洲市場への移転に際し、有害物質が地下から検出された。それはこのガス工場に由来するものだった。
オリンピックにかんして、このエリアは不思議な因縁があることを本書で知った。幻に終わった1940年の東京五輪。その年に、東京湾岸の晴海・豊洲・東雲・有明を会場にした「日本万国博覧会」が開催される予定だったが、同じ理由で中止になったという。
もし、来年に延期された東京五輪が中止になると、ますます因縁が深いエリアだという気がする。
しかし、五輪が仮に中止になっても、東京湾岸は今後、ますます発展することは間違いない。評者は週1回、江東区の新木場駅から千葉の蘇我駅までJR京葉線に乗ることにしている。かつて「ゴミの島」と呼ばれた「夢の島」埋立地にはスポーツ施設や工場が立ち並び、葛西臨海公園は癒しのスポットになっている。さらに千葉県浦安市に入ると、「東京ディズニーランド」と「東京ディズニーシー」の威容がそびえる。市川市、船橋市には巨大な工場や倉庫が並び、日本離れした景観になっている。
気分が晴れないときでも、京葉線に乗ると、悩みごとがちっぽけなことに思えてくる。まさに「超景観」とでも言うべき展観だ。
東京湾岸は東京だけではない。千葉県や神奈川県を視野に入れた類書の刊行を望みたい。
BOOKウォッチでは、関連で『選手村マンション「晴海フラッグ」は買いか?』(朝日新聞出版)、『限界のタワーマンション』 (集英社新書)などを紹介済みだ。
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