読むべき本、見逃していない?

保阪正康さんが後藤田正晴氏から頼まれこと

近現代史からの警告

 J-CASTニュースで「不可視の視点」を連載しているノンフィクション作家、保阪正康さんの新刊が出た。『近現代史からの警告』 (講談社現代新書)だ。連載と同じく明治維新後の日本の近現代史を振り返り、教訓を探っている。これまで類書でも書いてきたようなことが少なくないが、新たに「緊急書下ろし」として、「コロナと近代日本」が収録されている。

演繹的史観を否定

 本書の冒頭で保阪さんは自身の立場を明確にしている。「私は唯物史観による歴史解釈に反対の立場です」。

 戦後長く、日本の歴史学の世界では、唯物史観による歴史解釈が極めて大きな影響力を持っていた。人類史は、原始社会から徐々に進化し、封建社会を経て資本主義に至り、やがて共産主義が実現するというマルクス主義の歴史観だ。

 中心になっていた学術団体が「歴史学研究会」(歴研)。1932年にファシズムに反対する立場で結成されたが、弾圧強化で44年に解散、46年1月に活動を再開した。

 唯物史観の特徴は、演繹的に歴史を見ること。まず論理や法則があって、それに合わせて史実を拾い上げていく。自らの論理に都合の悪い史実は切り捨てられる傾向があったと保阪さんは見る。

 一方、皇国史観は対極にあった。1937年、文部省が刊行した『国体の本義』は、「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である」と説く。こちらもまず、定義がある。やはり演繹的な歴史観だ。最近の歴史修正主義も、まず大東亜戦争は聖戦であるという旗を立て、それに見合う史実を集めて見せつけようとする。これまた、非常にたちの悪い演繹的歴史観だと保阪さんは見る。

読売の「昭和史の天皇」を評価

 以上からわかるように、保阪さんは唯物史観も皇国史観も、歴史修正主義も否定する。では保阪さんの立脚点は何か。「歴史は帰納的に捉えるべきだという立場です」。

 要するに、最初に結論をつくらない。実証を積み重ねていく。なぜ戦争は起こったのか。そこに日本人の国民性はどう関わったのか。なぜ二十歳そこそこの若者が銃を担いで中国や、ニューギニアの奥地に向かわなければならなかったのか。太平洋に沈められ、今なお眠っているのか――。

 戦後の日本で、こうした実証的な歴史検証は、ジャーナリズムが果たしてきたという。たとえば、読売新聞は1967(昭和42)年から1975(昭和50)年まで「昭和史の天皇」を連載した。のべ1万人から聞き書きし、単行本で30巻になっている。今の読売新聞に対し、保阪さんは批判的な考えも持つが、この実証的な研究は評価する。

 保阪さん自身は1978年に『破綻――陸軍省軍務局と日米開戦』を出したころから、ジャーナリズムの一翼で本格的に近現代史の研究を続けている。実証主義的に歴史を探求することは、事実に立脚して権力を監視するというジャーナリズムの基本的な柱であり、生命線だと強調する。

肉声を聞いてきた強み

 学者は主として文献史料を重視するが、ジャーナリストは当事者に取材する。近年、保阪さんの現代史研究者としての重みが増しているのは、早い時期に取材を始めたことで、今は亡き多数の関係者の肉声に触れていることが大きい。

 『昭和史の急所――戦争・天皇・日本人』 (朝日新書)によれば、保阪さんは、戦争関係者だけで4000人近くと会っているという。戦争を指導する立場の人から、末端の兵士まで多彩だ。100以上の戦友会の内輪の集まりにも足を運んできた。これまでに確か約300人の主要な旧軍人にインタビューしてきたと書いてあったと記憶する。したがって、エピソードには事欠かない。東条英機の妻にも取材している。

 そうした中から、本書に出てくる二つを紹介しよう。一つは戦後の復興、高度成長に関わった人たちの胸の内だ。戦時下では、どちらかと言えば「冷遇」されていた人々が戦後、能力を発揮したという。

 たとえば、「短期現役士官制度(短現)」の出身者。海軍は1938(昭和13)年から、一般大学の出身者に特別教育を施して主計将校に仕立てていた。彼らの中の生存者は戦後、大企業、官庁などで活躍する。「短現」の11期生からは中央官庁の長官や事務次官が8人も出ている。一時期は、官邸での次官会議が11期生の同窓会のようだったという。

 「短現」の出身者の中には戦前、日米の国力差について手厳しい分析を残していた人もいた。もちろん、そうした分析は、当時は取り上げられなかった。元主計将校だった官僚の一人は、保阪さんに「戦争の原価計算のできない軍事国家を二度と作ってはいけないというのが、短現で学んだ者たちの共通の意識だ」と吐露している。

 戦後、財界幹部になった一人は語る。「財界人と言われる立場だけどね、僕らを戦争勢力などという左翼的言辞に、僕らは内心で怒っているんだ。バカなことを言いなさんな。僕らはあの戦争の裏を見てきて、この国を軍人の残したツケを払って、常識が通用する国にしたという一点で経済復興を成し遂げたんだからね。むしろ僕らの方が反戦主義者だよ」。

「シベリア撤兵」を調査

 保阪さんはある時期から、官房長官を務めた後藤田正晴氏と昵懇になった。そのエピソードも興味深い。後藤田氏から内々に頼まれ、「シベリア撤兵」の法的根拠を調べたことがあるというのだ。なぜシベリア撤兵を調べるのかと理由を聞くと、PKOで自衛隊が撤兵する際の法的根拠を知りたかったのだという。「一度、兵隊を出したら、退くことのためにどれだけエネルギーを使うか。それにはどんな法的根拠があるか」、それを「シベリア出兵の時点の問題として押さえて、現在のPKOでもきちんと考えなくてはいけない」と説明したという。

 1918年、日本はシベリアに出兵したが、日ソ双方で虐殺事件が起きて撤退までに7年もかかった。本当に歴史を見て、真剣に現在と向き合っている人は、こういうことも考えているのだということを、保阪さんは痛感したという。

 そして、話は「コロナ」の現在へと進む。安倍首相に「歴史観」はあるか――。

 マスクの配布。給付金では二転三転。外出禁止を強調するあまり、自宅で愛犬と戯れる映像をネット配信・・・安倍政権を支持するしない以前に、もはや首相の考え方が自分たちとは決定的に乖離しているのではないかと受け止めた国民が多いのではないでしょうかと、保阪さんは苦言を呈する。

 そういえば、7月29日の朝日新聞オピニオン面では、駒野剛編集委員が、「真の保守とは」という論考で、後藤田氏を取り上げていた。「歴史から逃げたらあかん」という後藤田氏の言葉をひきながら、「ペルシャ湾」がらみで、中曽根首相の方針に対して真っ向から反対した話を紹介。過去の官房長官の中には、後藤田氏のように「ならぬものはならぬ」と体を張る長官が何人もいたこと、現在の菅義偉長官は、安倍首相と一心同体になっていることなどを書いていた。

 BOOKウォッチでは関連で『シベリア出兵――「住民虐殺戦争」の真相』(花伝社)、『なぜ必敗の戦争を始めたのか』(文春新書)、『帝国軍人』 (角川新書)、『軍事機密費』(岩波書店)、『ネット右派の歴史社会学』(青弓社)など、保阪さんの著書では『昭和の怪物 七つの謎』 (講談社現代新書)、『帝国軍人の弁明』(筑摩選書)、『天皇陛下「生前退位」への想い』(新潮文庫)などを紹介済みだ。



 
  • 書名 近現代史からの警告
  • 監修・編集・著者名保阪正康 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年6月17日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・256ページ
  • ISBN9784065199367

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