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なぜ甲子園のグラウンドは日本一なのか? この小説を読めば秘密がわかる

あめつちのうた

 本書『あめつちのうた』(講談社)は、日本最高のグラウンドといわれる甲子園球場の整備を手掛ける「阪神園芸」を舞台にした「お仕事小説」だ。新型コロナウイルスの影響で、選抜高校野球大会などが中止になり、プロ野球の開幕が遅れた2020年。グラウンドの持つ重みがひしひしと伝わってくる内容になっている。

「神整備」といわれる甲子園

 評者は本書を読みながら、数日前、阪神対DeNA戦が、甲子園で始まるのを待っていた。雨で試合開始が遅れていた。雨が止み、グラウンドキーパーが内野にかけられていたシートを巻き取り、ところどころに砂を撒き、トンボでならしていく。約40分遅れで試合は始まった。「神整備」と呼ばれているマジックのような手際の良さは、小説に書かれている通りだった。

 主人公の雨宮大地は、東京の高校を卒業後、阪神園芸に入社した18歳。巨人ファンの大地が、阪神のお膝元である甲子園の整備をする会社に入ったのには理由があった。

 社会人野球の選手だった父に野球の手ほどきを受けたが、絶望的に運動神経がなかった大地。野球に複雑な感情を抱き、高校では野球強豪校の野球部のマネージャーになった。甲子園に出場したが、1回戦で敗退。うまく甲子園の土を集めることが出来ず、苦心していたエースの一志にトンボで土を運んでくれた整備員がいた。その姿に感動し、選手に感謝される存在になりたいと、自分で阪神園芸に売り込みをして、グラウンドキーパーに採用されたのだった。しかし、足手まといになる毎日。

 1年先輩には、甲子園での優勝投手ながら肩を壊して野球を断念した長谷がいた。何かと厳しくあたる長谷には鬱屈したものがあるようだった。

 大地に好意を告白した一志も追いかけるように関西の大学の野球部に入っていた。また、長谷の小学校の同級生で、バンド活動をやりながら甲子園でビール売りのアルバイトをしている近藤真夏。4人の若者は悩みを抱えながら、互いを励まし合うようになる。

グラウンド整備のあれこれ

 甲子園の1年を通して、グラウンド整備のあれこれが描かれているのが魅力だ。甲子園の土の厚さは約30センチある。プロ野球の試合当日、トラクターなどの車両がグラウンドを走り回り、工事現場のようになる。トラクターは数センチ、土を掘り起こし、黒土と砂を混ぜ返し、うまくなじませる。次はバンカー。大きなブラシで表面を均していく。最後は仕上げのコートローラーだ。

 人力でやるトンボがけにも意味がある。ある先輩がこう諭す。

 「トンボがけは表面を均すのと同時に、移動した土をしかるべき場所に戻してやる作業なんや。これは、バンカーでは絶対にでけへんデリケートな仕事やな。人間がしっかり目で見て、微細なところまでトンボがけせぇへんと、土が減ったところに、大きな水溜まりができやすくなるやろ」

 散水も重要なことが分かる。表面だけでなく、もっと下の層も大事だというのだ。

 「奥の部分までしっかり水が届かんと、深さ三十センチまで均一に水分をふくんだ、柔らかくて、かわきにくいグラウンドにはならへんやろ。日光で表面はかわいたとしても、奥の層は水気をたっぷりふくんでいるから、クッションみたいに衝撃を吸収してくれる。甲子園球場のグラウンドの最大の武器は、水持ちよく、水捌けよく、やからな」

イレギュラーバウンドで暗転

 そして夏の全国高校野球大会が始まる。大地の弟の傑は、1年生ながら大地の母校の主軸打者として出場した。ホームランを打ち、チームも4点リードで6回表を迎える。傑の打球は平凡な三塁ゴロだったが、イレギュラーバウンド。サードが捕球し、強引に一塁に投げると、ファーストが傑と交錯し、傑は担架で病院に運ばれた。その後、試合は逆転された。

 整備不良のグラウンドのせいだと責める父を「八つ当たりだ」と諭す弟。ばらばらになった一家はどうなるのだろうか。

 季節は秋、冬と過ぎる。冬はアメフトの甲子園ボウルたった1試合のために、マウンドが削られ、芝生が張られる。その改造作業の様子も詳しく書かれている。

 本書は甲子園のグラウンドの1年の変化を通して、若者たちが成長する姿をさわやかに描く。

 著者の朝倉宏景さんは、1984年東京都生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。元高校球児で、2012年『白球アフロ』(受賞時タイトル「白球と爆弾」より改題)で、第7回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞。ほかに『野球部ひとり』など野球をテーマにした作品がある。2018年『風が吹いたり、花が散ったり』で第24回島清恋愛文学賞を受賞。

 本書の取材のために朝倉さんは、2019年に甲子園に通い、阪神園芸の関係者に話を聞いたという。会社名をそのまま使った「お仕事小説」は珍しいが、事実関係には自信があるという自負が感じられる。

 BOOKウォッチでは、野球関連で『阪神園芸 甲子園の神整備』(毎日新聞出版)、『習志野が生んだ野球小僧』(コスミック出版)、『夏空百花』(ポプラ社)のほか、朝倉さんの近作『空洞電車』(双葉社)を紹介済みだ。

  


 
  • 書名 あめつちのうた
  • 監修・編集・著者名朝倉宏景 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2020年6月15日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六変型判・363ページ
  • ISBN9784065196878

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