読むべき本、見逃していない?

星野監督が胴上げのあと、「ありがとう」と握手を求めた男

阪神園芸 甲子園の神整備

 誰も予想しなかったヒーローが生まれた。100回目を迎えた今年の高校野球選手権大会。秋田の公立農業高校、金足農業の大活躍で、節目の大会にふさわしい盛り上がりとなった。記念大会が無事に終わってホッとしている関係者は多いと思われる。

 その一人が本書『阪神園芸 甲子園の神整備』(毎日新聞出版)を著した金沢健児さんだろう。甲子園球場の整備を担当する責任者だ。猛暑の中で行われる高校野球。それも一日4試合。数々の名勝負を支えた裏方の、汗まみれの職人物語が本書だ。

「レジェンド」を支える

 「阪神園芸」という名前を聞いて、すぐに甲子園球場のグラウンドキーパーを思い浮かべる人は相当の阪神ファンか高校野球通にちがいない。会社の名前からもわかるように、メインは造園業。都市や公園などの緑化計画の立案施工、緑地の整備管理というのが主な事業内容。加えて運動施設の整備と維持管理という事業部門もある。主に阪神甲子園球場と鳴尾浜二軍練習場の整備を担当する甲子園事業部の部長が、金沢さんだ。

 全国に多くの野球場があるなかで、甲子園球場は別格とされる。それはなぜなのか。ひとつは、冒頭の高校野球だ。春の選抜は90回。夏は100回。野球少年はみな「甲子園」を目指す。今回の「100回記念」では、甲子園を彩った過去の名勝負の選手や、プロ野球で活躍した選手らが「レジェンド」として登場した。つまり日本の野球の「聖地」となっている。

 もうひとつは、「土と天然芝」。日本のプロ野球のチーム本拠地球場で、内野の全域が土で外野が天然芝という球場は甲子園だけ。かつてはこの形式の球場が多かったが、今では内外野とも管理が楽な人工芝がほとんどとなった。

 甲子園球場が「土」にこだわるのは、「高校野球」と関係がある。土の方が選手にはやさしい。内野が土なら、複数の試合があっても、その都度荒れた部分を整備で修復できる。それだけ特別の技術力が、甲子園のグラウンドキーパーには蓄積されている。

中学生のころからスコアボードのアルバイト

 金沢さんがこの道に入ったのは、一種の成り行きだ。神戸出身の金沢さんは、母親が甲子園球場で働いていたこともあって、子どものころから出入りしていた。中学生のころには、早くもスコアボードのアルバイトをしていたという。伝説のグラウンドキーパーという人たちの仕事ぶりもまぢかで見ていた。高校を出て、いったん別の会社に勤めたが、「グラウンドキーパーに空きが出た」と聞いて、転職した。

 ここからが本書の第二章。顔なじみのやさしかったオッチャンたちが、いざ仕事になると厳しい。ろくに口をきいてもらえない。「おい、あれ持って来い」といわれても何の道具のことかわからない。ぼやぼやしているとカミナリが落ちる。典型的な昔気質の職人職場。若手はどんどん辞めていったという。

 金沢さんが残ったのは、元々野球が好きだったことに加えて、やはり仕事にやりがいがあったからだ。ザーザーぶりの雨が止んでから短時間で試合ができるまでにグラウンドをよみがえらせる。「試合再開」が決まった時の観衆の割れるような拍手。

 監督や選手にとっても、グラウンドキーパーは大切な裏方だ。盗塁王の赤星選手からは、一塁のベース付近を硬くしてくれと頼まれる。スタートダッシュに影響するからだ。他球団の選手からも注文が入る。中日の立浪選手からは「三遊間、水を多めにお願いします」。阪神がリーグ優勝した2003年には、胴上げを終えた星野監督が「グラウンドキーパー、ありがとう」と握手を求めてきた。

土を継ぎ足し約1世紀

 本書では甲子園球場の良好な状態に保つためにどのような努力をしているかも詳しく記されている。たとえば、年頭には耕運機で土を掘り返す。知らない人が見たら、農場にするのかと仰天してしまうかもしれない。田んぼと同じで、シーズンが始まってからの球場の給排水、保水を維持するには、シーズンオフの丁寧なケアが大事なのだ。

 あるとき、金沢さんは自分の子どもの通っている学校から、校庭にラインをまっすぐに引いてくれないかと頼まれたことがある。できませんと断った。プロのプライドで断ったのではない。ラインをまっすぐに引くには、グラウンドが平らでなければならない。甲子園で内外野のラインをまっすぐに引けるのは、元のグラウンドを平らに整備しているから。校庭には微妙なでこぼこがあって、地ならしからせねばならず、無理な相談というわけだ。

 甲子園の土はしばしば掘り返され継ぎ足されながら1世紀近く使われているそうだ。高校野球で、負けたチームの選手たちが持ち帰る土は、その辺の公園の土とは、やはり違うのだ。長年の熱闘と整備のエキスが詰まっているということを知った。

 本書は後段で、職人仕事をどう教え、引き継ぐかについても縷々語られている。朝日新聞に「凄腕つとめにん」という連載があって、企業の現場で職人芸を磨き伝える「スゴ腕」たちが登場するが、金沢さんの本書にも同じような心意気を感じた。野球ファン、特に阪神ファンは必読だが、企業人にとっても勉強になる一冊だ。

  • 書名 阪神園芸 甲子園の神整備
  • 監修・編集・著者名金沢 健児 著
  • 出版社名毎日新聞出版
  • 出版年月日2018年8月 2日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・200ページ
  • ISBN9784620325323

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