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敗戦後、高校野球の復活のために奮闘した人々がいた

夏空百花

 現役高校生でも野球経験者でもないのに、毎年春と夏に行われる高校野球に魅了される人は少なくない。出身地・居住地の出場校が負けても、何試合も観戦するうちに、気づけばどこかの学校のファンになり熱く応援している。「センバツ」や「甲子園」などと呼ばれる2つの大会は、正式には春を「選抜高等学校野球大会」、夏を「全国高等学校野球選手権大会」という。

 夏の高校野球は今年(2018年)で第100回を迎えたが、「全国中等学校優勝野球大会」の名称で第1回大会が開催されたのは1915年。「今年は104回では?」と疑問に思った方もいたのではないだろうか。

 高校野球についてもっと知りたいという方に、須賀しのぶさんの『夏空百花』(ポプラ社)をぜひ読んでいただきたい。本書は、戦争によって失われた高校野球が復活するまでの時代背景や復活のために奮闘した人々が、史実を基に克明に描かれたフィクション。第100回の節目にふさわしい、歴史と野球が一体化した重厚感のある1冊になっている。本書を読み終えて、毎年1つずつ積み上げられる回数の重みを感じ、101回から始まる新たな100年に思いを馳せた。

 朝日新聞大阪本社に勤務する記者・神住匡(かすみただし)。敗戦まで、社の方針は「新聞を武器として米英殲滅まで戦い抜け」。「新聞はみな思想戦遂行のための武器であり、記者はペンをもって闘う戦士で、新聞社はこの効果絶大たる紙の武器を大量に生産する一大軍需工場」だった。

 1945年の敗戦翌日、中等学校野球界で名の知れた佐伯達夫が朝日新聞大阪本社に乗り込んできて、「夏の大会を復活させる」と高らかに言った。のちに1967年から80年まで日本高等学校野球連盟の会長を務め「佐伯天皇」と呼ばれた男だ。

 「子どもらは...ずっと軍国一本槍で来てもうた。...あの子らが信じてきたもんは、全部崩れてもうた。早急にあの子らの心を立て直さんと、えらいことになる。...野球の精神には、今必要なもんが全部揃とる」

 ボールも球場もなく、食べ物すら入手困難な現実は、夢物語を語れる状況ではない。しかし、戦争で中断された大会をいちはやく復活、成功させれば、国民の信用が得られる。野球はアメリカの国技であり、「アメリカ好みのデモクラシー育成にぴったり」・・・。朝日の復活、さらに自らの出世という不純な動機も加わり、神住は「未来の象徴たる子どもたちによる野球」が今の時代こそ必要と考える。学生、教師、文部省、GHQと各方面にあたり全国を奔走し、人々の様々な思いに触れながら奮闘する。

 須賀さんは本書の執筆の動機について、第100回の節目に「歴史から見た野球、あるいは野球から見た歴史というものを書いてみたいと思った」としている。もともと「asta」(2017年7月号~18年5月号)に連載されたものだが、連載後に新たな資料が出てきたため、書籍化の過程でまるまる書き直すこととなり、脱稿後に倒れたというエピソードには驚いた(「ほんのひきだし」より)。

 須賀さんは、1972年埼玉県生まれ。上智大学文学部史学科卒業。1994年『惑星童話』でコバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞し、デビュー。2013年『芙蓉千里』三部作でセンス・オブ・ジェンダー賞大賞、16年『革命前夜』で大藪春彦賞を受賞。近現代史や野球をテーマにした作品を数多く執筆している。

 朝日新聞デジタル「高校野球 夏100回」の歴史解説は、1942年から4年間の大会中止、米軍による甲子園球場の接収、46年の西宮球場での大会再開、伝説をつくった球児たちの戦死など、本書をより深く理解するのに役立つ。書籍と併せてチェックしていただきたい。

BOOKウォッチ編集部 Yukako)
  • 書名 夏空百花
  • 監修・編集・著者名須賀 しのぶ 著
  • 出版社名株式会社ポプラ社
  • 出版年月日2018年7月24日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・410ページ
  • ISBN9784591159521

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