ホテルオークラ東京開業時より50年以上にわたり美容を担当し、昭和27年の順宮さま(現・池田厚子さま)をはじめ、三笠宮家、高円宮家、秋篠宮家、皇太子妃雅子さまのご婚礼の支度をした美容室をご存知だろうか?
一昨年(2018年)創業70周年を迎えた与儀美容室。昨年刊行された本書『与儀美容室がお客さまから学んだ 美しい生き方』(KKベストセラーズ)は、三代目・与儀育子さんが「一流のお客さま方から私たちが教えていただいたこと」「日頃から大切にしている仕事の流儀」を伝えながら、「与儀美容室70年の歴史」を振り返る一冊。
著者は子供の頃からホテルオークラ東京に親しんで育った。夏休みには朝からオークラのプールで泳ぎ、昼は母とテラスレストランで食事をし、午後もまたプールで泳ぐ。当時の著者にとってホテルオークラ東京は「遊び場」だった、というから驚く。美容室のスタッフにかわいがられ、母たちの仕事ぶりを毎日のように見て育った。それでも、母と祖母から美容師になれと言われたことは一度もなかったという。
「この仕事の苦労や重みを充分理解しているだけに、祖母も母も、私に対して『継ぎなさい』と言えなかったのではないでしょうか」
美容師免許を取得したものの、大学卒業後はお華、お茶、日本舞踊にいそしんだ。「こんなことをしていていいのかしら」と思ったが、「お稽古事で培った美的感覚が仕事で役立ち、今では同級生たちより長く働いているのですから不思議なものです」と振り返る。その後に祖母が倒れ、週一日美容室の手伝いをするうちに、気づけば母と同じく毎日通うことになっていた。
文体もエピソードの数々も全体的に気品が漂い、こんな世界もあるのか、という思いで読んだ。本書の目次は以下のとおり。
第一章 与儀美容室は「お客さま目線」を大切に
第二章 美容ではなく"美養"と考えること
第三章 祖母が築いた美の礎
第四章 母から学んだ「当たり前」のすごさ
第五章 私が受け継いだもの
第六章 和装の技術を後世に
第七章 受け継ぐもの変えていくもの
与儀美容室の歴史をかいつまんで紹介しよう。著者の祖母は、初代・与儀八重子氏。祖母は戦前、銀座資生堂の美髪科に勤めていた。しかし、戦争の影が色濃くなり、銀座資生堂は閉鎖。
その後、祖母は家事と育児に追われる生活を送っていたが、ある財閥の夫人から「良い美容室がない。与儀さんにはじめてほしい」と言われ、1948年、焦土となった銀座の一角に「本格的なシャンプーができる美容室」を開業。これが与儀美容室のはじまりとなった。祖母が習得した最新の技術やセンスは評判を呼び、またたく間に客は増え、縁あってロイヤルウェディングの支度を任されるようになる。
ここでは、「祖母・母・私」で臨んだ雅子さまのロイヤルウェディングから。与儀美容室に声がかかったのは、平成5年4月。当時現役で働いていた祖母が張り切り過ぎて体調を崩さないようにと、御婚儀まで2ヶ月をきるギリギリのタイミングで知らされた。
祖母と母は雑誌・新聞から雅子さまの写真を集め、顔立ちや耳の位置などを確認し、似合うスタイルの検討を重ねた。深く礼をされてもティアラが落ちない工夫、風雨でも一切崩れないセットが求められた。当時高校生の著者が練習台になったという。
そして、ようやく迎えた6月9日。前日からの雨が降り続き、雨に濡れたら御髪はどうなることかと気が気でなかったが、16時43分、朝見の儀を終えられ車寄せにお越しになった時、雨は止んだという。
「仕事をしていれば葛藤することもありますし、力不足でお叱りを受けることもあります。ですがそれを糧にしながら、お客さまのために毎日努力を続ける。そんな日々の仕事の積み重ねが、このような華々しいお仕事につながっているのではないかと思うのです」
祖母は「美容師の仕事はお客さまの美を養うこと、すなわち『美養』」と教え、次の言葉を残している。
「誰でも必ずどこかに美点を持っているもので、これは三十余年に渡る私の長い美容師生活から得た、信念である」
「その美点に自信を持ち、それを強調したおしゃれをすると、誰でもほんとうに美しくなれるものである」
著者は「お客さまの美を探求することはあっても、自分自身を美しく見せるために何かするということは特別ございません」と、あくまで「裏方」の立場だと強調する。それでもあえて「美養法」を挙げるなら、「シャンプー」としている。
おすすめは二回洗い。一回目は髪と地肌の表面の汚れ、二回目は地肌の汚れをしっかり落とす(地肌を動かす)。最後の流しは念入りに。また、ドライヤーは必ず地肌を完全に乾かす。地肌が乾いたら上から下に乾かし、最後に冷風をかける(キューティクルがしまり、艶を維持)。コロナ禍で美容室に何か月も行けていない人も多いだろう。早速今日から試してほしい。
「私たちは、自分たちを『美の職人』だと自負しております」――。与儀美容室は、令和を迎えた昨年(2019年)5月1日「即位後朝見の儀」に出られる皇族方の支度も担当したという。こうした経験が、美意識とプロ意識の高さにつながるのだろう。
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