「この恋には、種と仕掛けしかありません」――。晋藤歌六さんの本書『どこか奇妙な恋物語』(宝島社文庫)は、ドラマ「世にも奇妙な物語」(フジテレビ系列)を思わせるタイトルだが、本書はほどよく「どこか奇妙な」8編の恋物語だ。
著者の晋藤歌六さんは、普段ネット上で「牛髑髏(うしどくろ)タウン」というペンネームで活動している。恋愛、コメディ、ファンタジー、ホラーと、さまざまなジャンルの短編を「気ままに書き続けて十年近く」経ったという。
本書の第一話は、小説投稿サイト「小説家になろう」に掲載した作品を改題、改稿したもの。第二話以降は書き下ろし。最も短いものだと、一話あたり30ページほど。もっと長くてもいいのでは? と思うほど、興味をそそられる設定が連発する。
【目次】
第一話 「私のどこが好き?」
第二話 「私とあの子とどっちを選ぶの?」
第三話 「私と仕事とどっちが大事なの?」
第四話 「来ちゃった」
第五話 「今、何考えてるんですか?」
第六話 「何食べたい?」 「なんでもいいよ」
第七話 「僕達、やり直せないかな?」
第八話 「本当のこと、言ってよ」
本書のカギとなるのが「スワン・コーポレーション」の存在。これは「恋人紹介、結婚相談、各種恋愛コンサルティングサービスを営む有名企業」の設定。同社は、ありとあらゆるサービスを提供している。各話の登場人物たちは、「スワン・コーポレーション」のなにやら怪しげなサービスに申し込んだり巻き込まれたりして、「どこか奇妙な」展開を迎えることとなる――。
すでにありそうなものから近々出てきそうなものまで、「スワン・コーポレーション」が提供する怪しげなサービスを並べてみよう。もし現実にこんなサービスがあったら、試してみたいだろうか?
■依頼主の好みを徹底分析し、理想の恋人を作り上げる男女のマッチングサービス「スワン・カップル」
■真剣に末永く付き合う相手を探す人から、真剣に後腐れのない相手を探す人までが利用するマッチングアプリ「スワンカップル・ライト」
■きめ細かなアドバイスにより、将来の危機を回避する「円満夫婦生活コンサルティングサービス」
■恋愛がうまくいくための最適な部屋を提供する、お部屋演出サービス「スワン・ルームサポート」
■表情・仕草から感情・思考を読み取り表示する、人の本音が見えるアプリ「スワン・ボイス」
■彼・彼女の好みをピッタリ言い当てることに特化した、アドバイジング・サービス「スワン・アンサー」
■依頼主の要望を細かく聞きとり、演技指導を行い、要求された人物像に徹底的に沿うレンタルサービス「スワン・アクト」
人の本音が見えるアプリ「スワン・ボイス」は、現実にあったら話題になりそうだ。アプリの使い方は、本音を知りたい人物を対象に設定し、その人物をスマホ画面に映す。すると、その人物の心の声が噴き出しで表示されるというもの。
アプリの性能はある程度保証されているものの、やはり人の心の声を完璧に言い当てることは難しく、半分「ジョークアプリ」として認知されている。結局、自分で相手の心を汲みとるしかないわけだが、需要はありそうな気もする。
「恋物語」からはずれてしまうが、ここでは多くの人が共感すると思われる第三話を紹介しよう。
「私と仕事とどっちが大事なの?」と問う妻・敦子に対し、「仕事だよ」と即答する夫・正治。嘘をつかない、仕事熱心、浮気しない、良い夫である。しかし、完全に仕事優先の正治に対し、結婚十年目にして敦子は心にモヤモヤを抱えていた。
敦子は、ネット上で偶然目にした「めざせ熟年離婚ゼロ」と書かれた広告を思わずクリック。半信半疑ながら、半年間定額制の「円満夫婦生活コンサルティングサービス」に申し込んだ。一体どんなサービスなのか? 「スワン・コーポレーション」の担当者はこう説明する。
「ご安心を。何も正治さんを呼び出して、正座させて説教をしようなんていうわけではありません。そうではなく、自然と正治さんの中での貴女の優先順位が仕事よりも上になるようにします」
正治の趣味、好む食べ物、場所、会話内容、何を大事にし、何に安らぎを感じるかを徹底分析し、そこから具体的なアクションを導き出すという。「敦子さんにはその指示に従っていただきます」。
夕食のメニューにはじまり、夕食時につけるテレビ番組、夫に振る話題など、敦子は指示どおり実行していく。四ヶ月目、夫の態度は様変わり。夫婦関係はかつてないほど良好になったが、敦子は違和感を抱きはじめる――。
全話に登場する「スワン・コーポレーション」が不気味な存在感を放っている。恋愛や夫婦仲に行き詰まった者たちが、怪しげなサービスに接触しつつ、最終的にどんな形の幸せをつかむのか(つかめないのか)? 「どこか奇妙」でヒンヤリとした緊張感がありつつ、いい読後感だった、とだけ書いておこう。
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