住民からのクレーム対応で健康を崩し、休職を余儀なくされる公務員が少なからずいるという。本書『公務員のカスハラ対応術』(学陽書房)は、そうした健康被害を防ぐために、窓口経験の豊富な元公務員と精神科医で産業医として長年公務員の心身の健康を見守ってきた現職の公務員が、さまざまなケースに対応できる基本的な技術と応用技術をまとめた本だ。
編著者の吉田博氏は、元札幌市役所職員で札幌学院大学非常勤講師。著書に『自治体予算要求の実務 実践から新たな仕組みづくりまで』(共著、学陽書房)など。もう一人の著者、築島健氏は精神科医・労働衛生コンサルタント。札幌市総務局職員部職員健康管理担当部長。
両氏はカナダの官公庁の状況を取材して書かれた『(仮訳)敵対的な顧客をおとなしくさせる方法~公務員のための自学用練習帳』(Robert Bacal、2010)を参考に、職員の精神的、肉体的な負荷を減らす方法を模索してきた。
構成は以下の通り。
第1章 カスタマーハラスメント 第2章 対応のステップ 第3章 場の主導権を握る 第4章 相手との関係を築く 第5章 本題に焦点をあてる 第6章 対応のエンディング 第7章 職場の環境と管理者の役割 第8章 場面別の対応
民間企業では顧客との対応が中心になるが、「行政の場合は、顧客と言えない人も含めてすべての市民と対応している訳ですから、問題は一層困難性を増す」と指摘している。
また、行政の場合は、対応している住民だけでなく、「全体の住民」の福祉向上を踏まえた最大便益を図っているので、個別具体の「クレーム対応」のゴールが見えにくいという事情もある。
具体的な対応法を書いた第3章から、いくつか参考になりそうな部分を抜粋しよう。
・準備を怠るな 観察する、先入観は禁物 ・やりとりは最初が肝心 非言語的行動に注目、大切な第一印象 ・相手に主導権を渡すな 「釣り餌」に注意、怒りのスイッチを押すな、自己対話、インターバルを取る、気をそらす ・威圧的な行動への対抗 まず腰かけてもらう ・守りを固める 意表をつく、「いつからですか?」作戦、「オウム返し」作戦、「おっしゃる通りです」作戦、「壊れたレコード作戦」 ・引き継ぐ 上司に引き継ぐ、先輩に同席してもらう ・悪意を持つ者への対応 毅然とした態度で中止を宣言、警告、文書対応への切り替え
実際にはさまざまな困り事や苦情を抱えた住民と接することになるので、どうすれば住民と信頼関係を構築しながら、問題解決にあたるかが大切だ。新しい支援制度の要望、締切り後の申請を認めよという住民、必要な証明を持参しなかった住民など、具体的な例を想定して対応を解説している。
本書はコロナ禍前に発行されたが、上記の例はまさに今、自治体が対応を求められている事態ではないだろうか。
本書を読むと、実にさまざまな住民がいろいろな相談、クレームを窓口にぶつけてくるかがわかる。終章では、「公務員受難の時代」になるのでは、と危惧している。経済格差が意識されていく中で、「公務員は楽をしている」というレッテル貼りも含めて、窓口に苦情・苦言を言ってくる人が増えてくる可能性があると心配している。
厚労省が、2019年にはじめて「カスタマーハラスメント」という用語を公式に用いて、「カスハラ」が注目されるようになった。しかし、それ以前から、公務員に対する「カスハラ」は続いてきたようだ。新型コロナウイルス後の経済的支援をめぐり、ますます深刻になるのでは、と予想される。
個人のレベルではなく、職場として「カスハラ」に取り組むことが求められる。本書はその最良のテキストになるだろう。もちろん民間企業でも参考になる内容だ。
BOOKウォッチでは、「カスハラ」関連で『住宅・建築業界における労務トラブル・カスタマーハラスメント対応マニュアル――働き方改革のポイントと具体的事例の解説』(日本加除出版)、自治体職員関連で『絶対に人に見せてはいけない日野市の職員手帳』(東邦出版)を紹介済みだ。
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