「コミュ障」と聞いて、どんな人が思い浮かぶだろうか――。似鳥鶏（にたどり けい）さんの本書『目を見て話せない』（株式会社KADOKAWA）は、口下手＆人見知りな「コミュ障」の男子大学生・藤村が主人公。推理はできるけど目を見て話せない藤村が、身の周りで起きる事件の謎を解き明かしていく日常ミステリーだ。
本書の特徴として、文中の言葉の注釈が同じページの左端に付されていることが挙げられる。注釈と言っても、辞書的な解説ではない。似鳥さんからの冷静かつ客観的なツッコミであり、これがまた面白い。本書と全く関係のない事柄について延々と綴った「あとがき」も含めて、全体的に似鳥さんの個性がプンプン漂っている。
似鳥さんは「こういう話を書いたのは私自身もコミュ障だから」とした上で、「コミュ障」についてこう解説している。
「元々は言語障害や聴覚障害、対人恐怖症など幅広い疾患を含む『コミュニケーション障害』の略語だが、現在では単に『コミュニケーションが苦手な人』『人づきあいが苦手な人』を表すネットスラングとして使われることの方が多い。
コミュ障の人間は対人関係におけるプレッシャーに敏感で、会話が苦手で人見知りが強く、特に人前で喋ったり初対面の相手と会話をしたりすることに対して強い恐怖感を抱く。」
程度の差こそあれ、自分もあてはまるかも......という人は多いのではないだろうか。その中でも、自虐ネタとして自分は「コミュ障」と言ってしまう人もいれば、自分が「コミュ障」であることを深刻に悩んでいる人もいるだろう。
本書の主人公・藤村の場合、「コミュ障」ゆえにささいなことに悶々としたり、ああでもないこうでもないと逡巡したりするが、それが藤村の個性としていい味を出している。藤村は友人との出会いにも恵まれ、思いのほか前向きな「コミュ障」といったキャラクターになっている。
本書の舞台は、似鳥さんの出身大学・千葉大学とその周辺(西千葉)がモデルになっているという。自身の大学時代の体験も反映されているのだろう、学内の風景や学生同士の会話が藤村の目線からイキイキと描写されている。
本書は「第一話 論理の傘は差しても濡れる」「第二話 西千葉のフランス」「第三話 カラオケで魔王を歌う」「第四話 団扇の中に消えた人」「第五話 目を見て推理を話せない」の五話からなる連作短編集。
教室に残された高級そうな傘の持ち主、セレクトショップの試着室から消える女子大生の謎、カラオケルームで起きた泥酔事件の真実、フェスの会場で財布を盗んだ犯人、大学構内で起きた窃盗事件の犯人とは――？
房総大学の新入生・藤村は入学早々、友達づくりに完全に乗り遅れ、自身の「コミュ障」ぶりを嘆いていたが、大学内外で起きる五つの事件の謎を解き明かしていく。日常ミステリーだけあって事件もトリックも大がかりなものではないが、それゆえリアルに感じられる。一つの事件を解決するにつれて、藤村を取り囲む人間関係の土台がしっかりと根づいていき、藤村は自分らしくいられるようになっていく。
藤村が「コミュ障」になった経緯にふれておこう。藤村は小学生の頃から「名探偵」に憧れていた。五年生の時、クラスで起きたある事件を推理し、見事的中させた。ところが、称賛されるどころかクラス中からブーイングを受け、実は嫌われていたことを知る。明るかった藤村少年はいなくなり、いつもおどおどして他人の目を見て話せない「コミュ障」が誕生したのだった。
房総大学での人間関係をとおして、藤村は自分とは「別世界の住人に見える」友人だって、実は「根っこの部分は同じ」ではないかと思うようになる。「コミュ障」の型に自分を押し込んでいた藤村が、少しずつ解放されていく兆しが見える。
藤村がひたすらクドクドと自問自答を繰り返すところが、なんとももどかしく、ひたすら笑える。「コミュ障」も一つの個性であり、そんな自分のよさをわかってくれる人が現れるかもしれない。実はあの人も自分と同じ悩みを抱えているかもしれない――。本書を読めば、人間関係の築き方も人との距離感もいろいろだと、人づきあいに対する考え方の幅が広がるだろう。
似鳥鶏さんは、1981年千葉県生まれ。2006年『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選し、デビュー。BOOKウォッチでは『きみのために青く光る』（角川文庫）を紹介済み。
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