長編アニメ映画「君の名は。」(2016年)は興行収入250億3千万円という記録的な大ヒットとなった。この作品で新海誠監督の名前を知った人も多いだろう。本書『新海誠の世界を旅する』(平凡社新書)は、新海作品の舞台となった街や地域の歴史や文化を紹介しながら、作品の理解を深めようという本だ。
著者の津堅(つがた)信之さんは、1968年生まれのアニメーション研究家。日本大学藝術学部映画学科講師。著書に『日本のアニメは何がすごいのか』(祥伝社新書)、『ディズニーを目指した男 大川博』(日本評論社)、『新版 アニメーション学入門』(平凡社新書)などがある。
緻密な描写力によって実在の街や風景を描き、いわゆる「聖地」を日本各地に誕生させた新海監督。本書では、そのほぼ全作品を取り上げて解説している。各章の舞台と作品は以下の通りだ。
第1章 幕開けの下北沢 「ほしのこえ」 第2章 青春の幻影 津軽 「雲のむこう、約束の場所」 第3章 岩舟、種子島、そして東京 「秒速5センチメートル」 第4章 異世界への扉 「星を追う子ども」 第5章 雨の新宿御苑 「言の葉の庭」 第6章 瀬戸内の島の彼女と、三鷹陸橋の彼 「クロスロード」 第7章 みそカツ弁当を食べながら「糸守町」へ 「君の名は。」 第8章 「天気の子」は、どこの子?
本書は、東京・新宿から電車で10分の下北沢から始まっている。新海監督の出世作である短編アニメ「ほしのこえ」が公開された場所として、欠かせないという。2002年、下北沢駅近くのミニシアター「トリウッド」で、無名のアマチュア作家にすぎない新海監督の「ほしのこえ」は公開された。インターネットで評判が広がり、DVDは10万本を超える売り上げとなった。
動きのない「風景描写」は「止め絵」と呼ばれるが、パソコンによる描画や着色で工夫し、手描きとは異なる質感を出した。
「作品は近未来SFなので、架空の世界である。しかし描かれているのは実在の世界をベースにした『実写以上』に感じる風景だという、あたかも魔法を駆使するかのような不思議な才能で、初めて見た時は『こんな表現を使いこなすアニメーターが出てきたのか』と、私は驚くばかりだった」
さらに、ほぼ単独で完成させたことに津堅さんは驚いたという。デジタル時代になり、スタジオに就職せずにインディペンデントで作品を発表し、劇場用長編を手がける作家の走りとして新海監督は登場した。そうした場所を提供したのが下北沢のミニシアターだった。
小劇場がいくつもある下北沢からスタートし、メジャーになった劇団や俳優は多い。アニメ映画にもそうしたDNAは生きていたのだろうか。
新海作品で実在の景観が具体的に使われたのは「雲のむこう、約束の場所」が最初だという。舞台は青森県の津軽線の蟹田駅。地方と都会との比較の構図は、「君の名は。」まで繰り返し出てくるが、毎日映画コンクール(2004年度)の「アニメーション映画賞」の受賞選評を引用し、「すべてが平凡な片田舎の風景に見える世界の向こうに、どこまでも高くそびえ建つ1本の塔を建ててみせた彼のセンスオブワンダーが圧倒的に輝いていたからだ」という評価を紹介している。
東京だけを舞台にしたのが「言の葉の庭」(2013年)だ。雨の新宿御苑がメインステージだ。
「雨の中の緑と、雨上がりの陽光を浴びた緑との色彩を細かく描き分け、結果的に、背景画の密度はさらに高まっただけではなく、キャラクターに射す光の強さや質、当たり具合によっても描き分けられ、その繊細さは特筆に値する」と書いている。評者もこの作品を観て、色彩が鮮明なことに息をのんだことを覚えている。
そして「君の名は。」(2016年)。著者は名古屋駅で「みそカツ弁当」を買った話から書いている。映画の主人公が高山線の特急で食べるシーンがあるからだ。架空の「糸守町」の入口として描かれる駅のモデルが飛騨古川駅だ。聖地となり、今も多くのファンが訪れている様子を紹介している。
作品については、「震災の記憶」を彼ならではの作劇で、そして得意とする圧倒的な映像で表現した、と評している。
本書の刊行は2019年7月。最新作「天気の子」の公開直前ということもあり、同作については、あまり踏み込んで書いていない。
最後に新海作品の映像の中で、ひときわ重要な役割を果たしているのは「鉄道」だ、と指摘しているのが興味深い。
「鉄道を古風なまでに、人と人とをつなぎ、あるいは隔てて遠ざける『脇役』として演じさせた」
鉄道ファンではないからこそ、あくまで鉄道は脇役として描かれ、画面の中に溶け込むのだという。
新海作品をさかのぼって観ようという人にとって、心強いガイドになる本だ。
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