少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げることが検討されている。本書『少年犯罪はどのように裁かれるのか。――成人犯罪への道をたどらせないために』(合同出版)は、本当にそれでいいのかと問いかける。
著者の須藤明さんは駒沢女子大学人間総合学群心理学類教授。広島など全国8か所の家庭裁判所で28年間ほど調査官を務め、数千人の非行少年と向き合ってきた。そうした長年の現場経験をもとに、少年犯罪について国民的な議論の必要性を呼びかけている。
須藤さんは大学で受け持っている講義で、最初に、「少年事件は増えていますか」「凶悪化していると思いますか」と質問することにしている。受講する100人以上の学生のほとんどが「少年事件は増え、凶悪化している」と返答するという。市民向けの講演などでも同じ質問をすることがあるが、返ってくる答えは変わらない。須藤さんが「増えていません」「凶悪化していません」と言うと、一様にびっくりするという。
本書にデータが掲載されている。刑法犯で検挙された少年の人数や、人口における比率は近年、どんどん減っている。殺人で検挙された人数も1998年から2001年は年間100人を超えていたが、この5年ほどは年間40~60人台と半減している。
16年の少年による刑法犯の総数は4万582人だったが、そのうち殺人は54人に過ぎない。きわめて低い発生率だ。強盗も同様で1996~2005年までは年間1000人を超えていたが、その後は減少傾向になり、16年は350人。3分の1に減っている。つまり、このところ少年事件の件数は増加しておらず、凶悪化もしていない。
とはいえ、刑法犯の数だけは多いように思われがちだが、その7割余りを占めるのは窃盗と横領。分かりやすく言うと、万引きと、放置自転車を勝手に拝借した場合などに適用される遺失物横領罪。殺人や強盗に比べると、比較的軽微な事件だ。
ところが、上述のように世間では「少年犯罪が増えて凶悪化している」という間違った理解がある。これは近年の「減少、非凶悪化」という情報がきちんと伝わっていないことによる。何か異様な事件が起きると、新聞はまだしも週刊誌やテレビはここぞとばかりにセンセーショナルになり、ネットがさらに増幅させる。メディアによる犯罪の劇場化現象が拡大しているので、昔よりも過大に見えてしまう。
もちろん近年、1997年の神戸連続児童殺傷事件に代表されるような、極めて特異な事件がいくつか起きたことによる衝撃も大きい。それらがきっかけになり、少年法の部分的な改正も進んできた。
2000年には刑事処分の可能年齢が「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げられた。07年には、少年院送致の年齢が「14歳以上」から「おおむね12歳以上」に引き下げられている。14年には、18歳未満の少年に対し、無期懲役に代わって言い渡せる有期懲役の上限が、15年から20年に、不定期刑も「5年-10年」が「10年-15年」に引き上げられた。すでに「厳罰化」は少しずつ進んでいる。
その最終的な仕上げとも言えるのが、「少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げる」ことだ。周知のように、少年法では未成年者には成人同様の刑事処分を下すのではなく、原則として保護更生の道を探ることになっている。この場合の「未成年」とは、現在は20歳未満だが、それを18歳未満にすべきかどうか。国の法制審議会の諮問を受けて2年越しで議論されているのだ。
すでに18年には民法が改正され、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられている。クレジットカードをつくったり、ローンを組んだりすることが親の同意なしでできるようになった。選挙権年齢も20歳以上から18歳以上に引き下げられるなど、「成人=18歳」で法の足並みがそろえられる傾向にある。少年法の年齢引き下げの外堀は、じわじわ埋まりつつあるように見える。
法改正されると、単純に言えば18-19歳の少年も刑務所行き。更生のチャンスが乏しくなるであろうことは推測がつく。本書のデータによると、成人の場合、刑事施設に入所した人が出所後2年以内に再入所する割合は19.4%。5年以内は38.8%。一方少年の場合、2年以内に少年院などに再入院する比率は11%前後。5年以内で見ると、少年院は15.9%、刑事施設への入所も含めると21.7%。「少年事件の再犯率は成人よりも低く、一定の効果を上げていると言ってよいと思います」と著者は記す。
本書は「少年犯罪の厳罰化への地ならしが始まった」「罪を犯した少年たちの素顔」「少年の可塑性と保護主義」など7章に分けてこの問題の課題などを解説している。精神医学の進歩で、加害者には「アスペルガー」とか「行為障害」などの診断名が付けられることが増えてきたことも、事態を複雑にしていることが分かる。生育環境に問題があったケースも多い。本書の最終章では、著者はむしろ「少年司法の理念を刑事司法全体に広げる」ことを提起している。処罰よりも更生重視で、ということだろう。
こうした議論は、殺人、強盗などの粗暴・凶悪な犯罪を念頭に置いていることが多いと思われる。未成年の場合、年齢ごとのさらに詳しい分析も必要だろう。厳罰化が少年にとって、社会にとって本当に有益かどうか。本書では海外のケースも出ているので参考になる。
ところで評者は香港のデモ報道を見ながら別のことも思った。日本でも将来、あのようなことが起きないとは言えない。法改正がされた場合、どうなるのか。18、19歳でデモなど政治活動に参加し、逮捕・起訴されると、刑務所送りのリスクが高まるのではないか。社会に出る前に大きなバッテンが付くことになる。この年齢層の政治活動には相当の覚悟が必要になる。かつての全共闘運動は大学1、2年生が主力だった。一方の治安当局にとっては、彼らの政治活動に心理的にブレーキをかける効果があるかもしれないと思った。何しろ法は治安維持が最優先なのだ。
BOOKウォッチでは関連で、『漂流児童』(潮出版社)、『性的虐待を受けた子どもの施設ケア――児童福祉施設における生活・心理・医療支援』(明石書店)、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り――困難の理解とリカバリーへの支援』(明石書店)、『加害者家族の子どもたちの現状と支援――犯罪に巻き込まれた子どもたちへのアプローチ』(現代人文社)なども紹介している。
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