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『魔女の宅急便』著者は5歳で「喪失体験」

「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出

 『魔女の宅急便』の著者・角野栄子さんは、1935年生まれの84歳。赤いメガネがトレードマーク。綺麗でおしゃれで若々しい。童話の登場人物が現実に現れたような方だ。

 本書『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』(株式会社KADOKAWA)は、角野さんが50年の作家生活で各紙・誌へ寄稿したものから選んだエッセイ集。なんといっても、角野さんの感性と言葉選びがすばらしい。

何一つ欠かせない出来事

 角野栄子さんは、東京・深川生まれ。早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。紀伊國屋書店勤務を経て24歳からブラジルに2年滞在。その体験をもとに描いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で1970年作家デビュー。

 代表作『魔女の宅急便』は、舞台化、アニメーション・実写映画化された。産経児童出版文化賞、野間児童文芸賞、小学館文学賞など、受賞多数。紫綬褒章、旭日小綬章を受章。2016年『トンネルの森 1945』で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、18年に児童文学の「小さなノーベル賞」といわれる国際アンデルセン賞作家賞を日本人3人目として受賞。

 本書は「第一章 父 母 娘」「第二章 魔女」「第三章 旅」「第四章 なつかしい日々」「第五章 本とことば」「『2018年国際アンデルセン賞 作家賞』受賞スピーチ」からなる。

 五歳で母を亡くす、父がくれた意味のないはやしことば、移民としてのブラジルへの渡航、紀伊國屋書店での勤務、「ブラジルの子どものこと書いてみないかね」という恩師からの電話、「普通のおかあさんになってよ」と娘に言われた日......。現在の角野さんを形づくる上で、何一つ欠かせない出来事だったと思える。

 角野さんの生来の感性と好奇心に、家庭環境や人との出会いが重なり、導かれるようにして84歳の今も物語を書き続けているのだろう。

「これからも毎日物語を書き続ける」

 本書を読んで、角野さんは現実と物語の世界をまたいで生きているようで、興味の尽きない魅力的な方だと思った。角野さんが、これまでの人生のどの時間を切り取り、その時の感情をどんな言葉で表現しているのか。ぜひ多くの方に体感していただきたいと思う。

 まず、五歳で母を失った角野さんは「私には母の思い出が一つもないのだ。」としている。ただ、そんな「いつも見えない人」であった母が、年に一度だけ「あざやかに姿を持つとき」があった。それはお盆のお迎え火を焚く時のこと。

「私は耳をすまして母の足音をさぐり、暗がりに目をやって、洗濯をしていたあのかっぽう着姿の母を探した。こんなふうにして、私は見えない世界と親しくなった。......私は心が充たされないとき、ときどき向こうの世界を想像して、遊びにいく楽しみを憶えた。その楽しみはやがて物語を書く楽しみにつながっていったのだろう。」

 つらい喪失体験が、結果として想像力をかきたてることとなった。

「これは小さな子を残していかなければならなかった母の贈り物だと思っている。不幸と思えるものにもきっとなにがしかの贈り物はあると、この頃、そう思うようになった。」
 父からの贈り物もある。子どもの頃、遊んでいると父が寄ってきて「何の意味もないへんてこりんな言葉」を「うたうようにいって」すぐはなれていったという。
「そうされると、とても幸せな気分になった。いつも見守られている安心があった。心がはずんだ。そのとき一緒に私は言葉に心のはずむ音があるのだと教えてもらったような気がする。」

 人一倍感性が鋭く、想像力豊かな角野さんは、「思いたったら、走り出した汽車にとび乗るように作品を書いてしまうくせがある。」という。

「いつだって、私は物語をこんな風に出会うように書いている。......インクのしみが物語になっていくのを自分が楽しんでいるふしがあるのだ。体の奥から促すように何かが響いてくる。魔女の一突きならぬ連打。もしかしたら若いとき過ごしたブラジルの音楽サンバと関係があるかもしれない。」

 童話作家として作品を世に送り出し続ける角野さんは、言葉に対してとても慎重であることがわかる。

「子どもの物語は大人が書いて子どもが読むものだからとても用心しなければならない。見える世界の価値観で物語を書いたら子どもたちに嫌われてしまうだろう。それで言葉の意味よりも言葉のときめきを大切にしたいといつも思っている。ときめきは形ある風景として立ち上がってくる。そこを読み手といっしょに歩けたら、どんなに楽しいだろう。」

 角野さんは、2018年8月の「国際アンデルセン賞 作家賞」受賞スピーチで「私に残された時間はそんなにないと思いますが、これからも毎日物語を書き続けるつもりです」と語っている。本書の帯に「84歳の今も、私は『現在進行形』」とあるが、鋭く、瑞々しい感性が紡ぐ物語がこれからも楽しみだ。

  • 書名 「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出
  • 監修・編集・著者名角野 栄子 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2019年9月26日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・264ページ
  • ISBN9784041072363
 

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