アメリカは強い。戦争にはいつも勝っている――先の戦争でアメリカに負けた日本人は何となくそう思っている。だからアメリカに付いていけば間違いないと。
ところが本書『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』(中央公論新社)はまるっきり正反対のことを言う。アメリカは負け続けているのだと。え-そうなの、と驚く日本人が少なくないのではないか。
評者はあるとき軍事問題の専門家から、「アメリカは毎年のように戦争している国だ」と聞いて、ちょっと驚いたことがある。第二次世界大戦が終わってから、朝鮮戦争を戦って、ヴェトナム戦争に介入したことぐらいは知っていたが、その後も戦争を続けていることについてはすぐに思い浮かばなかったからである。
本書はそのあたりを見透かしたかのように、こう説明する。
冷戦が正式に終結した1991年から現在まで、アメリカは実にその三分の二を超える年月を、戦争、あるいは大掛かりな武力衝突や武力介入に費やしてきた。・・・91年のイラクとの戦争、92~93年のソマリア内戦への介入、2001年から継続中のアフガニスタン紛争と世界規模の対テロ戦争、03年から継続中のイラク戦争、16年に始まったシリアとイエメンでの紛争など、1991年以降の26年間のうち、合わせて19年にもわたってアメリカの軍隊は戦争に従事してきたのである・・・。
そして時計の針を戻し、第二次世界大戦後の72年間のうち、半分超の37年間は戦争状態にあったとみる。しかも戦績はそれほどめざましいものではなかったというのだ。
「朝鮮戦争は引き分けだった。ヴェトナム戦争は不面目な敗北に終わった。サイゴン(現ホーチミン)のアメリカ大使館は包囲され、その屋上から最後の救出用ヒューイ・ヘリコプターが飛び立つ映像は、痛恨の敗北を象徴する忘れられない光景となった」
この60年間で唯一明白な勝利と呼べるのは、1991年の第一次イラク戦争(湾岸戦争)だけだという。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、戦争の目的をサダム・フセインとイラク軍をクウェートから追い出すことに限定し、その目的を達したところで大部分の軍隊を引き揚げるという賢明な判断をした。しかし、その息子のジョージ・W・ブッシュ大統領は、のちに第二次湾岸戦争の指揮を執ったものの、「イスラム国(IS)」の興隆につながり、現在もまだ戦闘が続く。
本書は以上のようにアメリカの「戦後戦争史」を振り返りつつ、総括する。
・アメリカ人のほとんどは、この数十年間に自分の国がどれほど長く軍事紛争に関わってきたかに気づいてすらいないか、まるで懸念を抱いていない。 ・世界最強の軍隊を持つと誰もが認める国でありながら、戦争や武力介入の結果がこれほど失敗続きなのはなぜなのか、と疑問を持つアメリカ人もほとんどいない。
そこで本書は「国民全般の無関心を踏まえたうえで、この国が大きな紛争あるいは武力介入を決断した時に、常に成功できるようにするにはどうすればよいか?」と問題を投げかける。
そして「第1章 なぜ失敗するのかを分析的に考える」を起点に、「第2章 ソ連、ヴェトナムへの道――J・F・ケネディ」「第3章 泥沼化するヴェトナム――L・ジョンソン、R・ニクソン、J・カーター」「第4章 悪の帝国とスターウォーズ計画――R・レーガン」「第5章 冷戦終結から第一次湾岸戦争へ――G・H・W・ブッシュ」「第6章 ソマリア内戦、ユーゴスラヴィア紛争――W・J・クリントン」「第7章 対テロ戦争――G・W・ブッシュ」「第8章 バラク・オバマからドナルド・トランプへ」「第9章 どうしたら勝てるのか――歴史が答えを教えてくれる」「第10章 将来への道――健全な戦略的思考への頭脳ベース・アプローチ」という組立てに沿って、「勝つ」ための方策を示す。
この目次からも分かるように、本書は「戦争と大統領」の関係を重視している。言うまでもなくアメリカの大統領は、軍の最高司令官としての指揮権を保持する。事実上、宣戦布告なしで戦争を開始することができるし、大統領が使用命令を出すことで初めて核兵器の使用が許可される。つまり「核のボタン」も握っている。日本の総理大臣とは比べ物にならないほどの強大な権力者であり、その力量差が戦争にも付きまとう。
本書では、戦争の趨勢について、「最高司令官である大統領の経験不足も足を引っ張る一因」とし、「司令官としての経験不足が、最近の三人の大統領に不利な状況を強いてきた」と見ている。そして「現在その地位にある現職大統領にも同様の影響を与えるだろう」と予想する。
辛口のジャーナリストの書いた本かと思ったが、意外なことに著者のハーラン・ウルマンは米戦略国際問題研究所、アトランティック・カウンシルのシニアアドバイザー。1941年生まれ。米海軍士官学校を卒業し、ハーバード大、タフツ大で博士課程修了。安全保障の専門家として、米政府や経済界に助言し、米国内外のメディアにも出ている人だという。米国国防大学特別上級顧問、欧州連合軍最高司令官管轄下の戦略諮問委員会のメンバーも務めている。著書もいろいろあるようだ。
本書の訳者、中本義彦・静岡大学教授の解説によると、著者はヴェトナム戦争への従軍をきっかけに、軍、大学、ビジネス、シンクタンクの世界に身を置きながら歴代政権にアドバイスしてきた大御所的な存在。豊かな学識と実務経験を兼ね備え、どの政権とも適度な距離を保ちながら、率直に意見具申してきた人物だという。「あえて言えば共和党寄りだが、間違いなく穏健派」であり、本書では「アメリカの武力行為の多くについてバランスのとれた判断を下している」とのことだ。
アメリカという国はニューヨークの「自由の女神」が象徴するように、「自由と民主主義」を旗印にしている。この女神の正式名称は「世界を照らす自由」というそうだ。世界各国からくる移民に対し、アメリカでの「自由」を保証するとともに、海外の自由を抑圧する国に対しても目を光らせる。アメリカが武力行使に踏み切るとき、「自由」「民主主義」などという立派なスローガンが掲げられることは良く知られている。
一方でアメリカは、新大陸に上陸した移民が先住民を制圧し、版図を広げた歴史も持つ。さる精神病理学者の本で読んだような気がするのだが、そうした過去は国家として一種のトラウマになっており、常に関与する戦争を「正義」と理由付けし、「戦争の正当化」をしようとする内的契機にもなっているそうだ。
すなわちアメリカの大統領とは、単に強大な権限を持つというだけでない。アメリカという国の歴史や精神も体現する存在だと言える。選挙に勝つ能力とはまた次元の違う資質が要求される。そして過去の例を振り返れば、任期中に一度か二度は「開戦」の決断をしなければならないのだ。
本書では、「ケネディ、レーガンにも十分な資質があったとはいいがたいが、カーターにはそれがほとんどなかった。そしてさらに深刻なのは、1992年当選のクリントン以降の4人の大統領である」(中本氏)とされている。
気になるのはトランプ大統領だが、著者が「常識」の持ち主と評価するマティス国防長官とマクマスター国家安全保障補佐官はすでに事実上解任されている。本書の米国での刊行予定が、トランプ大統領の就任から間もなかったこともあり、十分な記述はないが、最近の4人の中でも「トランプほど政治経験の乏しい大統領はいない」とシビアだ。選挙期間中からしばしば公約や発言を翻していることを考えれば「いくら情報に基づいた分析をしても、数時間、あるいは一日か二日で意味のないものになるだろう」と突き放す。そんな大統領に率いられたこれからのアメリカはどこに向かうのか。日米関係はどうなるのか。安倍首相を始め、日本の政治家や官僚も一読しておくべき本と言えるだろう。永田町の書店で特に売れることを願う。
BOOKウォッチでは関連で、『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)、『壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』(岩波書店)、『恐怖の男――トランプ政権の真実』(日本経済新聞出版社)、『ドナルド・トランプの危険な兆候――精神科医たちは敢えて告発する』(岩波書店)、『誰が世界を支配しているのか?』(双葉社)、『主治医だけが知る権力者―― 病、ストレス、薬物依存と権力の闇』(原書房)、『サイバー完全兵器』(朝日新聞出版)、『「いいね! 」戦争――兵器化するソーシャルメディア』(NHK出版)なども紹介している。
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