著者のノーム・チョムスキーは、アメリカの言語学者で「生成文法理論」を提唱して、言語学の革命的大転回を引き起こした。それによって人間の精神構造を解明するという野心的なプログラムが可能となり、認知科学の成立の基盤を与えたとして、1988年には日本の稲盛財団が制定する「京都賞」を受賞した「知の巨人」である。しかし、ただの「学者」にとどまらないのが、チョムスキーの真骨頂だ。
ベトナム反戦運動にはじまり、9・11後には『9・11アメリカに報復する資格はない』(文春文庫)を出すなど、アメリカの外交政策、プロパガンダを根底から批判する政治学者の貌をもつ。
本書『誰が世界を支配しているのか?』(双葉社)は、チョムスキーが「世界を動かす『隠されたシステム』を解き明かす」(本の帯から)と銘打っているのだが、正直言って、あまり読みやすい本ではない。
23の章からなるが、構成が少しアトランダムなのだ。たとえば「1章 "知識人"の責任とは何か?」「2章 『世界』に追われるテロリストたち」「3章 洗練された拷問と歴史的健忘症」「5章 米国はなぜ衰退し、何を引き起こしたか?」「17章 テロリスト大国・アメリカ」「18章 オバマは本当に"歴史的役目"を果たしたのか」......。アメリカがかつてアジアや中東、南米で行った侵略的な悪行を告発する記述が続く。もちろんアメリカの帝国主義的ふるまいは、本書に書いてある通りなのだが、モノトーンなアメリカ批判と思う読者も少なくないだろう。
2016年に刊行されたので、オバマ前大統領についてかなりの紙幅を割いて批判している一方、トランプ大統領については、「あとがき 2017年版によせて」で、「トランプが壮大な公約を守り、大衆を救ってくれると思うのは大間違いだ」「予測不可能だ。わからないことが多すぎる」とあまり言及がないのは仕方ないかもしれない。
日本にとって関心が高い北朝鮮についても触れている。「北朝鮮は確かに世界でもっとも狂った国かもしれない。少なくとも"世界最狂国家"のタイトル争いをする国の一つだ。だが、彼らがなぜ異常な行動をするのかを解明するのも悪くはない。なぜなのか? それには彼らの立場になって考えてみることが必要だ」として、朝鮮戦争時にアメリカが巨大ダムを破壊し「戦争犯罪」を犯したことを一因に挙げている。「北朝鮮は過去の記憶からの反応が極端で攻撃的になるのだ」と書いている。
トランプ大統領と金正恩委員長との歴史的会談によって、非核化が進み緊張が緩和されるとしたら、アメリカ側がそうした北朝鮮の歴史に理解をしめしたということになり、対話の文脈を予測していたとも読めるが、果たしてどうだろう。
左翼色の強い「ニューヨーク・タイムズ・ブック・レビュー」のみならず、米国を代表する保守系雑誌の「ビジネスウィーク」までが本書を高く評価するのは、チョムスキーの圧倒的な論理の力だろう。日本にここまでラジカル(根源的)な日本批判ができる学者はいるだろうか? ある意味、チョムスキー節に慣れると、本書はタイトル通り「世界の支配原理」を明確に説いた本として迫ってくるのである。
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