それぞれの国の金融政策を司る「中央銀行」がわれわれの生活を安定させるための公的機関だというお題目は、すっかり過去のものになった。
本書『中央銀行の罪』(早川書房)が描く現代の中央銀行は、世界経済を危険に満ちたカジノに招き入れる危うい存在だ。わずか数名から十数名の政策決定メンバーで、数百兆円規模のマネーを動かす。そんな巨大な力が、民主主義の枠を越え、政権のための、あるいは資産家のための政策機関と化している。本書はそうした中央銀行の現在進行形のうごめきを生々しく描いたルポであり、いま世界の市民に必要な警鐘を鳴らす優れた評論である。
これまでにも世界の経済ジャーナリズムは、米国のFRB(連邦準備制度理事会)や欧州のECB(欧州中央銀行)、さらにはわが日本銀行のように個別の中央銀行ごとに実情を報じ、分析し、問題点を指摘してきた。ただ、そうした類書と本書が異なるのは、世界横断的に中央銀行を取材し、各国の中央銀行の個別問題だけでなく、普遍的なものと捉えて分析していることだ。
本書が詳しく採り上げている中央銀行は、米FRB、欧州ECB、日銀のほか、英国、メキシコ、ブラジル、中国の中央銀行などと幅広い。現地での詳細な取材をおこない、それぞれの中央銀行の政治的、経済的な立場を解説し、各中銀の政策意図を探り、国家間や中央銀行間の相互関係まで読み解いている。
なかでも著者が核心に据えて問題点を指摘しているのは、もちろんFRBである。2000年代初頭のITバブル崩壊も、07年のサブプライム・ショックや08年のリーマン・ショック(世界金融危機)も、元をただせばFRBによる大量のドル製造が招いた帰結だった。その反省と教訓が再び忘れ去られ、FRBは金融緩和(いわばドル製造政策)を空前の規模で膨らませた。膨張を止め、収束させようと試みたFRB議長のパウエルの路線修正策に対し、トランプ大統領や米金融市場がこぞって反対の声をあげ、FRBはいま再び緩和路線に回帰してしまった。
つまり世界の現状は、本書の指摘するきわどい状態から改善するどころか、むしろより深刻に、より複雑な問題を抱えつつある。すでに世界中にバラまかれている膨大なドルマネーを回収へと逆流させれば、株価や債券価格が急落するのはまちがいない。それは世界経済を深刻な危機にさらすことにもなる。だからパウエルもかんたんには抗せずにいるのだ。
こうした本格的な批判書が米国のジャーナリズムから出てきたことは歓迎すべきことだ。米国でも、さらなる緩和を求める市場の声に同調するメディアが少なくなかったし、こうした批判や提言は、米国の経済ジャーナリズムでほとんどお目にかかれなかった。ここまで広い視野で巨視的に問題のありかを示し、警鐘を鳴らすジャーナリストが米国から現れたことを大いに称えたい。
著者ノミ・プリンスは世界金融危機の震源リーマン・ブラザーズや、チェース・マンハッタン銀行、ベア-・スターンズ、ゴールドマン・サックスなど有力金融機関を渡り歩き、ウォール街を熟知する稀有なジャーナリストである。その彼女の経験と知識がいかんなく発揮されたこの告発の書は、世界の中央銀行の「罪」をもっとも広範かつ詳細に、本質に迫って描いた本だと思う。
BOOKウォッチでは関連で、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『日本銀行「失敗の本質」』(小学館新書)、『日銀と政治』(朝日新聞出版)、『平成金融史』(中公新書)、『官僚たちのアベノミクス』(岩波新書)なども紹介している。
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