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「三本の矢」はなぜ、どうしてできたのか

官僚たちのアベノミクス

  黒田東彦総裁の続投が決まったが、本書『官僚たちのアベノミクス』(岩波新書)は、アベノミクスの評価を論じた本ではない。著者の時事通信記者・軽部謙介さんは、以下のように断っている。「様々な意味で歴史に残るであろうこの政策が、いつどこで、誰によって形成されていったのかの原点を記録しておこうという単純な試みである」。

 とはいえ取材は念入りだ。のべ120人へのインタビュー、公文書、議事録、メモ、日誌、備忘録...。一つ一つの注釈はつけていないが、「根拠のない記述はないつもりだ」と胸を張っている。

安倍首相が一人で考えたものではない

 アベノミクス関連ではすでに何冊かの本が出ている。本欄でも『偽りの経済政策』、『日銀と政治』、『日本経済の新しい見方』などを紹介済みだ。アベノミクスは安倍政権の経済政策だが、もちろん安倍首相が一人で考えたものではない。とりわけ第二次安倍政権で華々しく打ち上げられた三本の矢――「財政出動」「金融緩和」「成長戦略」――はどのような決定プロセスを経て政策となったのか。「この時代に生きたジャーナリストの一人として、『何があったのか』というファクトの集積を記録しようと試みるのは本能的な動作である」と軽部さんは取材の動機を語る。

 アベノミクスには、官邸、自民党、日銀、財務省、経産省、厚労省、財界など多数の有力組織が「パフォーマー」として参画している。よくもまあ一人で、これほど多数のキーマン、関係組織に取材できるものだと感心した。ある程度の知識がないとやれない取材だから、専門用語や経済理論も知る必要がある。

 軽部さんはこれまでにも、『クリントン流対日戦略の黒衣たち』『検証経済失政―誰が、何を、なぜ間違えたか』『ドキュメント ゼロ金利 ――日銀vs政府 なぜ対立するのか』など日米関係や経済政策の裏面について多数の著書があり、長い取材経験をお持ちのようなので、可能なのだろう。

 おおむね淡々とした記述が続く。腹の探り合いや思惑の違い、組織防衛、ご注進ぶりなどが特段の感情を交えず描かれている。第二次安倍政権が誕生し、直ちに「三本の矢」が宣言されるまでの、官僚たちを中心とした水面下の動きが中心になっている。政権が誕生する過程で、安倍氏に細かくファックスで経済政策を指導した人物も登場する。

権力の抑制が機能しているのか

 あれからすでに5年。株価は大幅に上がり、為替は30円近く円安に。「名目GDPが50兆円増えた」というのが安倍首相の口癖だ。一方で、国民には好況の実感がなく、雇用の回復は非正規就労が中心。お金の循環は企業で止まってしまい、恩恵が国民に行きわたっていないと軽部さん。

 本書を書いた狙いの一つに、アベノミクスという「国家意思が貫徹していくプロセスを仔細にみていくことにより、権力の抑制という統治の基本原則が機能しているのか否かを考える端緒にしたい」という気持ちがあった。安倍政権の5年は常「権力の抑制」に関わることが問われ、今また森友問題などで大揺れだ。

 自民党が48%の得票率で75%の議席を獲得(17年10月総選挙)する選挙制度の中で、「一強政権」のチェック・アンド・バランスはどうすれば可能なのか。軽部さんは「権力の監視」という役割を軽視する風潮が一部メディアに広まっていることを憂いつつ、本書が単に経済政策の問題にとどまらず、「現代日本の議院内閣制の実態を考えるきっかけになれば望外の幸い」と結んでいる。

  • 書名 官僚たちのアベノミクス
  • サブタイトル異形の経済政策はいかに作られたか
  • 監修・編集・著者名軽部謙介 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年2月21日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書・272ページ
  • ISBN9784004317036
 

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