朝日新聞は「マスコミのデパート」だという。OBによると、同業他社からの転社組がとにかく多い。地方紙、ブロック紙、通信社、スポーツ紙、産経、毎日、読売、日経、さらにはNHKなどテレビ局、大中小の出版社などの出身者が社内のあちこちにいるそうだ。
たしかに2012年にボーン・上田賞を受賞した上海支局長は産経出身だったし、最近でも「天声人語」の担当者は、過去に女性誌の記者だったと明かしている。
本書『日銀と政治』の著者、鯨岡仁さんは1976年生まれ。99年に早稲田大を出て日経に入り、4年後に朝日に移っている。上記の転社組の一人だ。 加えてユニークなのは、学生時代の4年間、リーマン・ブラザーズの東京支店でアルバイトを続けていたことだ。
当番の日は、朝の6時に六本木のオフィスに出勤し、外国株式部でトレーダーの補助業務。大きなニュースが飛び込んでくると、ディーリングルームがにわかに騒がしくなり、活気づく。バイトとはいえ、90年代の金融マーケットの熱気をリアルタイムで経験した。そのリーマンが2008年に倒産し、自ら取材することになろうとは、当時は思いもよらなかったことだろう。
朝日に移ってからの所属もユニークだ。経済部と政治部の両方を経験している。鯨岡さんも書いているが、日本の大手新聞では一般に、経済記者は政治家を取材することがほとんどなく、政治記者は経済のキーマンを取材することがまれだ。部の垣根が高く、担当が完全に分かれている。
ところが実際には、経済政策に政治が深く関与している。「日銀の独立性」などと言われるが、本当にそんなものはあるのか。現実は違うのではないか。バイトとはいえ、金融マーケットの渦中に身を置き、記者として日経を皮切りに、朝日では政治部で首相官邸や自民党などを、経済部では日銀や財務省、金融庁、経産省などを取材してきた鯨岡さん。この20年余の実体験と、取材活動の総和を本書にアウトプットしている。
「暗闘の20年史」と言うサブタイトルがついているが、何かシークレットを暴くというよりも、データと証言で丁寧に実相に迫ったドキュメントに近い。著者自身、「本書の目的は特定の政策の称賛や断罪ではなく、政策決定のプロセスを明らかにすること」と記している。政策決定プロセスの検証とは、政策の責任の所在を明らかにすることであり、将来、その政策が重大な問題を引き起こしたときに、責任はだれにあるのか、その歴史的な視座の提供することだと強調する。
1990年前後のバブル経済と、その破たんではいろいろなことがあったが、結局、責任はウヤムヤだった気がする。アベノミクスで先々どんなことが起きるのか、今のところ誰にも予測がつかない。
中曽根康弘元首相は、首相とは「歴史法廷の被告」だと自認していた。政治家だけでなく高級官僚も含め、重要な政策に関与した人は同じ立場だろう。400ページを超える大部な本書は、やがて訪れるかもしれない審判の日――「歴史法廷」を意識して、マスコミの側があらかじめ作成した克明な資料集ともいえる。
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