東京と京都は大きく違う。伝統や文化、慣習、住んでいる人たちの歴史に対する思い。そのことを身を持って知っている一人が本書の著者、吉海直人・同志社女子大表象文化学部教授だ。長崎出身で東京の国学院大学で平安文学を学び、30年前から同志社女子大で教えて、古都の空気に親しんでいる。今は奈良に住んで京都に通っている。
同志社女子大は特殊な大学だ。1876年、京都御苑の中で産声を上げた。現在は北側の二条邸跡にある。全国の大学の中で旧摂関家の邸宅跡に立地しているのは同志社女子大だけだという。それだけ「みやび」な歴史にはぐくまれている大学だと言える。すぐ近くには冷泉家があり、少し歩くと京都五山の二位に列せられる相国寺にぶつかる。鹿苑寺(金閣寺)や慈照寺(銀閣寺)は相国寺の山外塔頭だ。吉海さんは授業時間を割いて京都御所や下賀茂神社、葵祭や時代祭の見学もしている。
本書『古典歳時記』は、恵まれた環境の中で、雅・わびさびという伝統文化にどっぷり浸りながら平安文学研究を続ける著者が、大学のホームページで、古典を素材にしながら古来の年中行事を紹介したコラムをもとにしている。
吉海さんは、「百人一首」の解説本の著者としても知られる。『百人一首で読み解く平安時代』 (角川選書)、『百人一首の正体』 (角川ソフィア文庫) などの選書や文庫だけではない。マンガやムック本もある。そのせいか本書も、堅苦しいタイトルと違って、日本人に親しまれてきた歳時記をわかりやすく伝えようというサービス精神にあふれている。
全体は「正月」「春」「夏」「秋」「冬」「京都文化」の六部に分かれている。「正月」では、まず当時の暦から書きおこす。「春」は「節分」から始まり、西行や芭蕉に言及する。「夏」は「端午の節句」「柏餅」「牡丹」「夏至」など。「秋」は「立秋」「七夕」「野分」と進み、「冬」では藤原道長や「竹取物語」が登場する。
折々の暮らしに根ざしたテーマを厳選し、時事的な話題・歴史的な出来事を入り口に、四季折々のことばの語源と意味を解き明かす。「『春はあけぼの』は平安朝の人々の美意識ではなかった」「西行の詠んだ『花』は何か」「あじさいは平安朝の女流文学には出てこない」など、文学の知識も学べる古典文化の案内書だ。
「京都文化」編では「京都御所」と「京都御苑」の違いなどにも触れられている。御苑は公園で、その中に御所がある。
著者は大学の近所で、散歩している冷泉家当主に会い、立ち話をすることがあると書いている。冷泉家は藤原定家の孫を祖とする和歌の家。1790年に建築された屋敷は現存する最古の公家住宅だ。蔵には平安時代からの古典籍が大切に保存されてきた。特に年中行事を大事にしており、歳時記の節目ではそれらを古来のしきたりに沿って実施していると聞いたことがある。東京では存在しない、京都ならではの家系だ。さぞかし著者にとっては得るところが多い立ち話だろう。
著者によれば、京都は日本のふるさとのようなところ。「ぜひ四季折々に訪れて、私と同じように京都の空気を直に吸ってみてください」と京都の魅力をPRしている。日本の歳時記とは結局のところ、京都の歳時記だからだろう。
本欄では関連で、『カラー版 重ね地図で読み解く京都1000年の歴史』 (宝島社新書)、『後水尾天皇』(岩波書店)、『桂離宮』(朝日新聞出版)、『古文研究法』(筑摩書房)、『書物と権力』(吉川弘文館)なども紹介している。
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