読むべき本、見逃していない?

60年以上続く「受験のバイブル」・・・その秘密

古文研究法

 新学期になって、さてどんな受験参考書を手にするか。悩んでいる人も多いに違いない。最近、全国紙の一面下に『チャート式数学』の書籍広告が出ているのを見つけ、懐かしかった。そのむかし、たいへんお世話になりました。

「文庫化」された参考書

 本書『古文研究法』は、大学受験の古文の参考書として長年親しまれてきた。1955年に初版、65年に改訂版。洛陽社が延々と版を重ね、「受験のバイブル」「名著」として知られる。それだけではない。2015年には筑摩書房から文庫本として一般読者向けにも発売され、話題になった。受験参考書の世界でベストセラーやロングセラーは多々あるが、「文庫化」は珍しい。本書ぐらいではないか。

 振り返ってみるに、受験参考書には二つのタイプがあると思う。一つは、本業でも著名な大先生が力を入れて執筆しているケース。もう一つは、「受験のプロ」が作成したケース。前者はしばしば「本格的」だが、「難しすぎる」と敬遠され、後者は「わかりやすくて」「即効性」があると重宝される。

 本書の著者、小西甚一さん(1915~2007)は文学史研究者として高名だ。筑波大の副学長も務めた。1951年には早々と学者の世界の名誉である日本学士院賞を受賞、全5巻の大著『日本文藝史』は英訳版も出て92年には大佛次郎賞を受賞。99年には文化功労者になっている。というわけで本書はとうぜん前者に相当する。ではなぜ「本格的で」「難しすぎる」はずの参考書がロングセラーになるのか。そして文庫化までされるのか。

学位論文を書くのと同等の重み

 一般に、テスト勉強には常道がある。基本となる公式や文法、法則、仕組みを覚えて、基礎問題、応用問題、発展問題と順にレベルを上げた問題をこなす。最終段階で難問が登場する。それぞれの段階の「解法トレーニング」を重ねて、間違った問題は解き方をしっかり覚える。数をこなしているうちに条件反射で解けるようになり、点数が上がる。一種の「パターン学習法」だ。

 「受験のプロ」による参考書や問題集はこの仕組みを熟知して作成されている。したがって、ある程度の時間をかけて取り組むと、どの科目でも効果が表れてくる。ところが大先生の参考書は、つくりが異なる。本書の狙いを小西先生はこう記す。

 「これからの日本を背負ってゆく若人たちが、貴重な青春を割いて読む本は、たいへん重要なのである。学者が学習書を著すことは、学位論文を書くのと同等の重みで考えられなくてはいけない。りっぱな学者がどしどし良い学習書を著してくれることは、これからの日本のため、非常に望ましい」

 というわけで大先生が、「たいへんな労力」を費やして作った本書は、一般の参考書とはやや異なる。たとえば説明の仕方。要点だけをマル暗記できるようにまとめるよりも、じわじわと頭に入れていくのがいちばん良いと考え、ふだん教室で講義しているような調子で書いた、と明かす。味気ない受験勉強が、大学の教養課程の講義に飛躍する。学問の入り口に立ったような気がして大学生活への思いが膨らむ。それが結果的に読み手の「知的好奇心」を刺激し、本書をロングセラーにしているのではないか。

解けない問題もある

 評者も高校2年のころに本書のお世話になった。受験勉強をしているのに、まったく次元の異なる世界に導かれ、日本人が積み上げてきた精神史の一端に触れたような気がしたものだ。半年がかりで読んでいると、いつの間にか古文の成績がアップしていた。

 社会に出ると、前例、過去問のパターンにはない難題に突き当たることがある。大事なのは自分の頭で考えるということだということを、小西先生も熟知していたに違いない。「国語の『勉強法』といえば、何か手っ取り早いやりかたを頭にうかべる人もあるだろうが、実は、そんな安っぽいものではない」。そして「(古文の)精神的理解には、法則がない」「しいて方法を説いてみたところで、いつもそのとおりに行くとは限らない」「たいへん厄介な世界」とも書いている。

 そういえば高校時代の数学の積分の試験で、教師が奇問を出したことを思い出した。生徒たちは四苦八苦しながら取り組んで、「正答」らしきものを提出したのだが、全員バツだった。なぜならこの問題には仕掛けが仕組まれており、解きようのない問題だったからだ。世の中には正解が存在しない問題もある、ということをこの教師は教えたかったのだろう。

  • 書名 古文研究法
  • 監修・編集・著者名小西甚一 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2015年2月 9日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数文庫・797ページ
  • ISBN9784480096609

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