人は誰しも環境に左右される。家庭や、生まれた地域や通う学校の特徴、出会う友人など、その違いはさまざまだ。本書『ぼくは恐竜探険家!』(講談社)を執筆した小林快次さん(北海道大学総合博物館准教授)は、生まれた地域環境の強みを、うまく人生に活かせた人の一人だろう。本書は、そんな小林さんが研究者になった現在までの道筋がつづられた自伝的作品。小林さんは恐竜図鑑の監修も行っているため、少年少女の読者も意識してのことだろうが、ルビも多く、英語の克服法など学習上のエピソードも収められている。
福井県で幼少期を過ごした小林さんは、学校の理科クラブがきっかけで、地元博物館の化石堀り体験に参加し、そこではじめて化石と出会う。福井県は、今では恐竜化石が発見されることでも有名だが、小林さんの幼少期も、アンモナイトや三葉虫の化石はたくさん出土していたそうだ。学校のクラブがきっかけでアンモナイトの化石掘りを体験すること自体、そこに環境がないとできない経験。小林さんは後に新種の恐竜9種の発見を含め、恐竜化石の発見で世界的に活躍し、「ファルコンズ・アイ」(ハヤブサの目)と呼ばれるようになるのだが、そのきっかけは、育った地域環境の恵みを活かせた結果と言える。
ところで、古生物学の研究を志した小林さんは、ワイオミング大学の大学院時代に、落ちこぼれの暗黒時代があったという。研究発表の場で、指導教官から「もういい。時間の無駄だからやめなさい」と発表をストップされたことも度々あったそうだ。自分の何が間違っているのか見当がつかず、途方に暮れる日々。そんなさなかに、友人から「お前に足りてないのは自信だよ」と言われたそうだが、当時は、自分の今の課題は「精神論では乗り越えられない」と、友人の言葉を深く受け止められなかったそうだ。
しかし、後に小林さんはふと気づかされる。「人は自信を失うと、どうなるか?」。
研究発表の場では、内容に自信の無い人ほど、それをごまかそうと口数が増える。余計な修飾語が増え、伝えるべき情報はその分ぼやける。伝わりにくくなるのはあたりまえだと。そこに気づいてから、発表の内容が改善され、徐々に評価されるようになったというのだ。
このあたりのエピソードは、多くのビジネスシーンでも共通だろう。評者もプレゼンテーションの機会は多いが、思わず、いくつかの反省点が頭をよぎってしまう。
小林さんは、発掘調査の中で、手を休めて考えることがあるという。恐竜はなぜおもしろくて魅力的なのか。巨大で奇妙な形をした生物が6600万年前まで、この地球を闊歩していたことを想像するだけで、胸が躍るという。さらに、生活の場を空に求めて進化した鳥類も存在するなど、恐竜は多様な適応能力と進化を積み重ねることができた優秀な生物だったと言及している。
ただ、そういう優秀な恐竜も、6600万年前に絶滅している。なお、生命の35億年の歴史の中には、現代まで5回の大量絶滅の危機があったそうだ。恐竜が絶滅した6600万年前のときは、地球上の生命の75パーセントが絶滅し、2億5000万年前のときは、およそ90パーセントの生物が絶滅している。
しかし、読み進めて驚いたのは、過去に大量絶滅が発生したときの絶滅スピードを研究している研究者の発表の部分。その研究によると、もっとも速く生命が絶滅しているのは、2億5000万年前でもなく、6600万年前でもなく、なんと、現代だというのだ。
本書では触れられていないが、2億年前にも大量絶滅があり、生命の80パーセントが失われている。その際の原因は、火山の噴火による二酸化炭素等の温室効果ガスの排出によって起きた温暖化だとされている。原因が隕石衝突などの要因ではなく、温室効果ガスであることが現代に通じ、現代も大量絶滅期に入っているとする発表もある。また、別の研究では、人類が活動する以前と以後では、生命の絶滅スピードが100倍も上がっているという研究報告も存在する。
(参考:「現在は6度目の大量絶滅期」 英誌に衝撃の論文...環境破壊で「第4次」酷似(産経ニュース:2015年8月22日)、地球史上6回目の大量絶滅、すでに突入か 研究(AFPBB:2015年6月22日))
環境への適応。恐竜は環境への適応や進化に富み、1億7000万年もの間繁栄していたが、それでも乗り越えられない環境の変化はあった。小林さんは、恐竜の研究を通して、人類の未来をつなぐヒントを得ようとしている。
育った地域的環境を活かして恐竜研究の道へ進んだ小林さん。ハヤブサの目で、未来環境をどう分析していくのだろうか。
なお、古生物や絶滅関連では、当サイトで『マンモスを再生せよ』(文芸春秋)、『絶滅できない動物たち』(ダイヤモンド社)、『わけあって絶滅しました。』(ダイヤモンド社)、『絶滅の人類史』(NHK出版)、『怪異古生物考』(技術評論社)、『海洋生命5億年史 サメ帝国の逆襲』(文藝春秋)、『古生物学者、妖怪を掘る』(NHK出版)なども紹介しているので、関心を持たれた方はご一読いただきたい。
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