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弟・小沢征爾さんとの違いは?

日本を見つめる

 兄弟は似て非なる、と言われることがある。それは、小澤俊夫さん(1930~)にも当てはまるかもしれない。筑波大学名誉教授の俊夫さんはドイツ文学者。昔話研究家として知られる。小澤昔ばなし研究所所長でもある。

 弟の征爾さん(1935~)は言わずと知れた世界的な指揮者だ。兄弟の専門は異なるが、ミュージシャン小沢健二さんは俊夫さんの息子なので、やはりどこかでつながっているかもしれない。

時局へのいらだち

 本書『日本を見つめる』(小澤昔ばなし研究所)は、俊夫さんが季刊誌『子どもと昔話』で10年ほど連載してきた文章の中から一部をピックアップしてまとめたものだ。ドイツ文学や昔話のことを書いているのではない。折に触れ、ちょっと変だと感じた時局への思いを綴っている。分かりやすく言えば、俊夫さんの思いとは違った方向に動いていく時局に対するいらだちを書き残している。

 小見出しを見てみると――。「なんだか変だと思っているうちに」「マスコミの報道がおかしすぎる」「『改憲まっしぐら』をいかにしてくいとめるか」「政治家の質の低下と無責任」「権力者はすべてを隠す」「みんなが空気を読んだらどうなるか」...。

 その中の一つ、「過去の記憶を残そうとするドイツ、消そうとする日本」(2014年掲載)という一文はこんな感じだ。

 「ドイツが国内のあちこちで強制収容所を保存・公開し、ホロコースト警告記念石碑群を首都ベルリンの中心部の広場に並べて過去の罪を反省し、反省の証しとして世界に示しているのに比べて、日本政府が必死になって保存し、首相や閣僚が参拝してその存在を世界に示そうとしているのは、なんと靖国神社である。靖国神社が、天皇崇拝と結びついて、日本の軍国主義の中心装置であったことは世界に知られている。そればかりか、東京裁判でA級戦犯として処刑された戦争責任者たちが合祀されていることも知られている」
 「これらの事実を冷静に見れば、世界が日本を見る目と、ドイツを見る目がまったく違うことは明らかであろう」

父は「大アジア主義者」

 俊夫・征爾兄弟の父、小澤開作さんは歯医者だった。しかし、ただの歯医者ではなかった。1931年の満州事変をきっかけに政治にのめり込んだ。政治団体「満州国協和会」の創立委員になって奉天に移り住む。「共産主義のソ連の脅威に立ち向かうには、アジアの民族が一つにならなければならない」という信念を持ち、関東軍作戦参謀の石原莞爾や板垣征四郎らと親しく交わる。「征爾」という名前は、この二人の名前から借用したというのは有名な話だ。

 さらに父は新しい政治団体「新民会」を立ち上げ、北京に引っ越す。旧市街・胡同の屋敷に住み、お手伝いさんは中国人の一家だった。日本で何年も投獄されていたような青年も出入りしていた。

 父親は官僚政治や権威主義を嫌っていた。中国を蔑視する政治家や軍人が増えるにつれ、激しく批判するようになる。40年に言論雑誌「華北評論」を創刊したが、「この戦争は負ける。民衆を敵に回して勝てるはずがない」とおおっぴらに主張し、軍部に目をつけられるようになる。雑誌は何度も発禁処分になった。

 やがて母子は先に日本に帰され、追って父も帰国する。軍需省の顧問になり、満州時代の仲間とひそかに対中和平工作を進めていたが、実らなかった。そして敗戦。父はこういったという。「日本人は日清戦争以来、勝ってばかりで涙を知らない冷酷な国民になってしまった。だから今ここで負けて涙を知るのはいいことなのだ。これからは、お前たちは好きなことをやれ」

 以上は本欄で、征爾さんの自伝的著書『おわらない音楽』(日本経済新聞出版社)を紹介したときの一文だ。概ね、征爾さん自身の記述を引用している。自らは政治的な発言をしないが、ここではかなりはっきり父親の思想信条を記している。

「これは犯罪じゃないのか?」

 本書では俊夫さんも、中国時代の記憶を語っている。北京にいた小学校3、4年生のころの話だ。日本人の傷病兵の慰問に行くと、彼らは戦場の体験を得意満面で話す。村人全員に食料を配給すると言って集め、彼らを一軒の家に押しこめて火をつける。逃げ出した者は機関銃で皆殺し。南京での手柄話を話す兵隊もいた。毒ガス攻撃をしたとか、投降兵に溝を掘らせ、一列に並べて機関銃でいっぺんに片づけたとか。「これは犯罪じゃないのか?」と子供心に疑問を持ったという。

 ドイツ文学を研究しているから、俊夫さんはゲーテやシラーやベートーヴェンを高く評価する。だが、彼らが人類の文化遺産となるような名作、名曲を書いた約100年後にはユダヤ人大虐殺が起きた。ゲーテやベートーヴェンが暮らし、先駆的と言われたワイマール憲法を生み出した土地と、強制収容所は10キロと離れていない。国家は短時間に変容する。

 「日本も、平和憲法をもっているからといって安閑としてはいられない」
 「強い、強い意志と積極的な行動で平和を守らないと。国の平和は内部から崩されていく。日本の現状を見ると、そのことを強く思う」

 クラシック音楽はドイツ・オーストリア圏が本場だ。バッハもモーツァルトもベートーヴェンもブラームスもワーグナーも、フルトヴェングラーもカラヤンもこの地域の人。ドイツの歴史と責任の取り方は、おそらく征爾さんもよく知っているに違いない。兄弟はきっと、どこかでつながっていることだろう。

  • 書名 日本を見つめる
  • 監修・編集・著者名小澤 俊夫 著
  • 出版社名小澤昔ばなし研究所
  • 出版年月日2018年9月 5日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・254ページ
  • ISBN9784902875881
 

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