読むべき本、見逃していない?

「世界のオザワ」はオクテの天才だった

おわらない音楽

 指揮者の小澤征爾さん(82)がまた入院したそうだ。今度は大動脈弁狭窄症で約1か月入院するという。2018年3月8日、所属事務所が公表した。小澤さんは以前にも食道癌が見つかり食道全摘出手術を受け、腰の手術で長く指揮活動を休止していたこともある。近年は病気との闘いが続いている。

 その小澤さんの近著といえるのが本書『おわらない音楽』(日本経済新聞出版社)。2014年1月の日経新聞「私の履歴書」の連載をもとにまとめた。

リヤカーでピアノを運ぶ

 小澤さんは日本のクラシック音楽史上で傑出した天才だ。20代半ばで第9回ブザンソン国際指揮者コンクール1位となり、ヨーロッパのオーケストラに多数客演。さらにカラヤン指揮者コンクールでも1位となって、バーンスタイン率いるニューヨーク・フィルの副指揮者に抜擢された。

 いわば「神童」というわけだが、本書を読むと、ちょっと拍子抜けする。初めてピアノに触ったのは小学校4年生の終わりのころだったという。担任の女の先生が、ピアノができるひとで、講堂で弾いているのをじーっと見ていたら「触ってもいいよ」と隣に座らせてくれたのがきっかけだ。最近の音楽家と比べるとオクテといえる。

 余りもピアノに興味を持つので、親が横浜の親戚からピアノを譲ってもらう算段をつけた。高級カメラのライカを売って代金を工面したが、立川の家までピアノを運んでくるのが一苦労だった。いまのように引っ越し業者がいない時代だ。なんと兄たちがリヤカーを引いて横浜まで行き、ピアノを載せて、農家に一晩預けたり、親戚の家に泊めてもらったりしながら三日がかりで運んだという。晴れて5年生の秋には「エリーゼのために」を学芸会で演奏した。結果的にこのピアノが「世界のマエストロ」の生みの親になるのだからほほえましい。

「この戦争は負ける」と父は言った

 本書では、幼少時のことが詳しく書かれている。最近は物忘れがひどいと言いながら、昔のことは昨日のことのように鮮やかに覚えているという。

 父の小澤開作さんは、歯医者だった。しかし、ただの歯医者ではなかった。1931年の満州事変をきっかけに政治にのめり込んだ。政治団体「満州国協和会」の創立委員になって奉天に移り住む。「共産主義のソ連の脅威に立ち向かうには、アジアの民族が一つにならなければならない」という信念を持ち、関東軍作戦参謀の石原莞爾や板垣征四郎らと親しく交わる。「征爾」という名前は、この二人の名前から借用したというのは有名な話だ。

 さらに父は新しい政治団体「新民会」を立ち上げ、北京に引っ越す。旧市街・胡同の屋敷に住み、お手伝いさんは中国人の一家だった。日本で何年も投獄されていたような青年も出入りしており、朝から晩まで憲兵が張り付いていたという。朝飯はいつもほかほかの饅頭(マントウ)だった。

 父親は官僚政治や権威主義を嫌っていた。中国を蔑視する政治家や軍人が増えるにつれ、激しく批判するようになる。40年に言論雑誌「華北評論」を創刊したが、「この戦争は負ける。民衆を敵に回して勝てるはずがない」とおおっぴらに主張し、軍部に目をつけられるようになる。雑誌は何度も発禁処分になった。

兄は「政治」に発言を続ける

 やがて征爾さんら母子は先に日本に帰され、追って父も帰国する。軍需省の顧問になり、満州時代の仲間とひそかに対中和平工作を進めていたが、実らなかった。そして敗戦。父はこういったという。「日本人は日清戦争以来、勝ってばかりで涙を知らない冷酷な国民になってしまった。だから今ここで負けて涙を知るのはいいことなのだ。これからは、お前たちは好きなことをやれ」

 こうして小澤さんの「好きなこと」にのめり込む新しい人生が始まる。「僕は本当に幸運だった」と振り返る小澤さん。「中国に生まれ、日本に育った僕がどこまで西洋音楽を理解できるか。一生かけて実験を続けるつもりだ」。「僕はもっともっと深く、音楽を知りたいのだ」。

 小澤さんは父のように、特に「政治」に関与はしていない。しかし小澤さんの5歳年長の兄でドイツ文学者、昔話の研究者と知られる小澤俊夫・筑波大名誉教授(ミュージシャン・小沢健二の父)は少々違う。秘密保護法、安保法制、共謀罪などについてしばしば自身のブログやインタビュー取材で、危惧する発言を続けている。

  • 書名 おわらない音楽
  • サブタイトル私の履歴書
  • 監修・編集・著者名小澤征爾 著
  • 出版社名日本経済新聞出版社
  • 出版年月日2014年7月26日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数B6判・182ページ
  • ISBN9784532169336

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