ある生物が「絶滅危惧種」であるとか、絶滅寸前...などと聞くと、多くの人は何とかならないものかと思うに違いない。それらの救出や保護ための募金活動に出会えば必ず応じる人も少なくないはずだ。ところが、生物の「絶滅」をめぐる実際はそう簡単なことではなく、文明の進化のなかでの自然保護は、複雑な矛盾を抱えている。本書『絶滅できない動物たち』(ダイヤモンド社)は、保護の現場に踏み込んで、その矛盾を明らかにしたノンフィクション。
米ニューヨーク・ブロンクス動物園の「爬虫類の部屋」。陸生飼育器(テラリウム)がずらりと並ぶ。十数匹の黄色いカエル。部屋に入れるのは世話をする専門家だけ。それも、入る前には靴底を漂白剤に浸して消毒しなければならない。これらは、世界でも二つしか残っていない個体群で、もう一つの個体群も捕獲され保護されているという。
アフリカ東部のタンザニアの山奥、険しい渓谷を経由して滝を形成するキハンシ川が原産のキハンシヒキガエル。2003年以降、野生下では絶滅した。動物園では、完璧な滅菌環境にあるテラリウムのなか、人工噴霧システムで水分を保たれ、特別に飼育された虫を与えられながら何とか生き永らえている。
滝でつくられる大量の水しぶきや強風の環境に適応し、滝ばかりか、落差約1000メートルという川の激流が放つごう音のなかでも超音波を感知する内耳構造を持つという。そういう珍しい種だけになお、保護にも力が入っている。
野生下で絶滅したきっかけは、1980年代から始まった水力発電プロジェクト。90年に世界銀行が開発援助計画の策定に着手。タンザニアに投資家を惹きつけ、国民に電気のない生活を強いるならわしに終止符を打つためとして、世銀が積極的に融資を行いプロジェクトは進められた。
当初は保護のために水の噴霧システムを設けるなどして対策がとられたがうまくいかなかった。それよりタンザニアの電力不足の方が急務。電気を使える国民は都市部で39%、地方では2%と、その電力事情は内戦で混乱が続くコンゴ民主共和国を下回っていた。
米カリフォルニア州で育ったジャーナリストの著者は、学校で干ばつのときは歯みがきの水を節約するようにと教わるなどして環境危機のニュースに敏感になった。そして1時間ごとに種が3つ消滅するという生物学者の推定を耳にしてショックを受ける。以来「絶滅はよくないこと」「絶滅から種を救うのはいいこと」というのが刷り込みになる。
ところが、長じて「絶滅」について取材、情報収集をすすめるほど、先進国の上から目線的な見方から保護を主張するだけでは問題が解決しないというリアルが心に染みてくる。
タンザニアのカエルのように、人間の生活向上を目的にした直接のアクションで絶滅に追いやられた生物ばかりではない。時代が進むに応じての人間の文明活動により「今や気候変動の影響を免れた土地は世界にほとんど残っておらず、環境の変化に耐えきれず、移動も適応もできない生きものにとって生きのびられるかどうかはひとえに人間の干渉次第ということも珍しくない」という。
キハンシヒキガエルは今や厳重に「保護」された滅菌室にしか存在せず、自然で生息できる見込みはあるのか。地球上に2頭しかいないキタシロサイはケニアで、周囲を軍隊に警備されて繁殖を強いられている。かつて北米に50億羽いたというリョコウバトは乱獲により20世紀初頭に絶滅したが、絶滅を招いた人間の手によりDNAから復元されようとしているという。
絶滅の危機に至るには、人間が原因の温暖化や生息地の劣化、乱開発のほか病気、侵入種などの原因もある。人間がどの生きものを優先するか、その生きものの救済方法をどう選ぶかは、結果として生物圏を弄んでいることになるのではないか。救おうとする段階で、野生と自律性が失われ、生命体を変えてしまった存在になりかねない。そうした現場を目の当たりにし「いっそ、絶滅してしまったほうが―」と、著者の頭の中には禁断の思いもよぎったものだ。
J-CAST BOOKウォッチでは生物の「絶滅」について、これまで『絶滅の人類史』『わけあって絶滅しました。』『トラ学のすすめ』を紹介している。
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