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シベリアの生態系の頂点に君臨する動物は?

トラ学のすすめ

 トラの王者はアムールトラ。日本の動物園でもおなじみだ。本書『トラ学のすすめ――アムールトラが教える地球環境の危機』(三冬社)はそのアムールトラが主人公だ。

 「シベリアトラ」とか「ウスリートラ」とも呼ばれる。世界にいくつか存在するトラの中でも一番大きい。オスは体長3メートル、300キロにもなるという。シベリア東部に生息するというが、一体どこでどうやって生きているのか。何頭ぐらいが野生で生き残っているのか。

用心深く人里離れたところに潜む

 本書は、「アムールトラ」に魅せられた一橋大学名誉教授の関啓子さんが、本業の教育学研究とは別の形で、いわば「アムールトラ」への愛をつづったものだ。多数の先行研究などをもとに、子どもでも読めるようにやさしくまとめている。

 シベリアというと広大な地域を想像するが、現在、アムールトラが生息しているとみられる地域は極めて限定されていることを知った。ハバロフスク周辺のタイガ地帯。案外、日本から近い。一部は中国東北部も含まれる。本書に図示されているが、ざっと見たところ北海道の3倍ぐらいの広さのエリアに限られる。

 そこに約500頭のアムールトラが野生で生息しているという。本当の頭数はよくわからない。なぜなら確認するのがきわめて難しいからだ。自然保護員でさえも、ある人は12年間で2回、別の人は20年間で7回しか見ていないという。それぐらい用心深く、また人里離れたところに潜んでいるということだ。何年か前に、観測用に設置されたカメラがたまたま捕えた映像が公開され話題になった。YouTubeで見ることができる。のっそのっそと森の中を歩いている。間違って出合ったら腰を抜かしてしまう。

日本には「虎」だらけ

 アムールトラは百獣の王と言われるライオンよりも一回り大きい。そのせいか、骨などに薬効があるといわれ、また、その威圧するパワーから敷物などでも珍重された。高額で売れるということで密猟もされた。環境破壊の影響もあって生息域が狭まり、一時は野生数が激減したと言われる。現在は500頭ほどで推移しているようだ。ロシアもそれなりに保護に力を入れており、プーチン大統領が1000頭に増やす計画をぶち上げたこともあるとか。

 本書ではトラと日本人の関係についても言及している。日本書紀には545年に百済から皮を持ちかえったという記録がある。万葉集にも歌があり、890年には生きたトラが運び込まれたそうだ。

 加藤清正の虎退治は有名だが、あれもアムールトラだったのだろうか。同時期に朝鮮に出兵した戦国武将の英雄譚には虎退治の話がいくつかある。実際には槍で突いたのではなく、鉄砲で仕留めたようだ。

 阪神タイガーズはいうまでもなく、魔法瓶のメーカーでもタイガーがある。和菓子の「とらや」は老舗だ。やや新しいところでは「フーテンの寅さん」。円山応挙や長谷川等伯、伊藤若冲など絵画でも虎が描かれるなど、日本に生息していないにもかかわらず、虎と日本人の関係は深い。

狩猟民族はトラを狩猟しない

 アムールトラは、野生以外にも世界各地の動物園で500頭ほどが飼育されている。日本で有名なのは釧路市動物園だ。2008年、アムールトラの赤ちゃん3頭が仮死状態で生まれた。2頭が生き残ったが、脚に障害があった。1頭は翌年死亡、「ココア」という最後の1頭だけが生き残る。ニュースなどでも報じられ、関さんも何度か釧路市動物園まで見に行ったそうだ。最近も、ココアの10歳誕生日を祝う会が開かれるなど人気が続いている。

 ロシアの極東地方には、アムールトラと共存してきた先住民族がいる。関さんは彼らを訪ねる旅にも出かけている。その一つ、ウデヘという民族。ハバロフスクから約210キロのところに彼らが暮らす村がある。四輪駆動車で舗装道、砂利道を約3時間。そのあと森の中の道なき道を2時間。悪路と戦いながらたどりつく。

 ウデヘは狩猟民族なのだが、アムールトラは絶対に狩猟しないのだという。理由ははっきりしている。アムールトラはシベリアの生態系の頂点に君臨している。それを捕獲してしまうと、生態系のバランス自体が壊れるからだ。ウデヘなどの先住民族は、そのことをよく知っている。彼らの民話や伝承にもアムールトラは登場するが、迷子のアムールトラの子どもを村で育てて森に返したら、のちに恩返しがあった・・・というような互いが助け合う共存共生の物語だ。

 村の子どもたちに、関さんはアムールトラのことを聞いてみた。「足跡を見たことがある」「レッドブックに登録されている」「絶滅しないように、護らなきゃいけないんだ」。しっかりした声が返ってきた。

 アムールトラが生息するシベリアの広大な針葉樹林(タイガ)は、地球の二酸化炭素を吸い、酸素を吐きだす。乱開発などでこのタイガに異常が起きると、地球の大気環境にも甚大な影響を与えるという。アムールトラが生き延びられるかどうかは、地域的な野生動物の話にとどまらない、もっと大きな地球環境全体の問題にも直結していると著者は指摘している。

  • 書名 トラ学のすすめ
  • サブタイトルアムールトラが教える地球環境の危機
  • 監修・編集・著者名関 啓子 著
  • 出版社名三冬社
  • 出版年月日2018年6月25日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・263ページ
  • ISBN9784865630374

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