読むべき本、見逃していない?

阪大医学部の人気教授が書き上げた、笑って学べる病気の本

こわいもの知らずの病理学講義

 難関大学の医学部にもユーモアを解するこんな教授がいるのだと思うと少しうれしくなる。本書『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)は大阪大学医学部の人気教授仲野徹さんが渾身の力をこめて書き上げた病理学の入門書だ。

 教授は広辞苑とウィキペディアの引用を駆使して病理学のイロハからがん治療の最前線まで豊富な実例を、ユーモアを交えながら解説する。なぜ広辞苑なのかと思うが、病理学の講義で、「わからない言葉があれば、質問する前にとりあえず『広辞苑』を引くようにと指導しています」という。その広辞苑で「病理学」は「疾病を分類・記載し、その性状を究め、病因および成り立ち方を研究する学問」とある。「さすがです。ちょっと小難しい雰囲気をかもしながら、短いセンテンスにあますことなく意味をほぼ完璧に押し込んであります」と評価するとみせて、チクリと刺すことも忘れない。

 近代的な病理学は19世紀、プロイセンで活躍した医師ルドルフ・ウィルヒョウが創始したという。少し前に発明された顕微鏡を使い、「病気は細胞の異常により引きおこされる、という『細胞病理学』の概念を確立させたのです」。

関西人のユーモアがたっぷり

 阪大で病理学担当教授への就任が決まったとき、友人から「先生、浪速大学医学部の病理学といえば、大河内教授の後任ですね」とメールで冷やかされた。浪速大学というのは実在しないが、山崎豊子の小説「白い巨塔」のモデルになった大学だ。医学部教授の権力をあますところなく描き出し、映画化もされて大きな話題になった。「大河内教授というのは(中略)清廉潔白、謹厳実直、超堅物の大物教授です。自分では似たようなものだと思っているのですが、(中略)どうも真逆の人と思われているようです」としっかり笑いをとる。

 関西人のユーモアがたっぷり、大阪のおばちゃん、おじちゃんを相手に漫談でもするような雰囲気で、読んでいて楽しい。でも、内容はきわめて真面目だ。

 大学の講義では、学生が英語の論文を読みこなす必要も多いので、「Basic Pathology」(基礎病理学)という英語の教科書を使っている。いくら難関大でも英語にはひるむ学生が多い。親切な教授は「英語と日本語の単語を対応させた『教科書ガイド』のようなプリントを作って講義前に配って講義しています」。この面倒見の良さなら、人気は絶大だろう。

 やさしさを中心にしつつも本書はまったく手抜きをしていない。第1章「負けるな!細胞たち」では、わたしたちの体を構成する250~300種類、数十兆個もの細胞について説明する。ここではミトコンドリアやATPなど専門用語もよく出てくるが、生物を勉強していなくてもわかるようやさしく説明されている。細胞の死についても壊死のほか、近年、注目されるアポトーシスまで話題豊富だ。女性の月経(生理)で子宮内膜がはがれ落ちるのも、出産でおっぱいが大きくなり、その後、元通りになるのもアポトーシスが関係するのだという。

ノーベル賞のエピソードも豊富に

 医学関連の素晴らしい研究成果にはノーベル賞が出ることが多い。教授は時折、脱線も交えつつ、そのエピソードを紹介してくれる。なかほどのインターミッションには「分子生物学の基礎知識+α」が用意されている。ここでは20世紀生物学最大の研究成果、DNA二重らせんの発見に、知られざる女性科学者の貢献があったことにも触れる。二人の発見者はノーベル賞を受けたが、この女性は受賞前に亡くなっている。その経緯に触れたうえで、「(受賞者の行為は)現在の感覚でいくと、研究不正ギリギリといったところです」と手厳しい。

 権威におもねらない公正さが教授の持ち味なのだろう。インターミッションで最新の生物学のさわりを学ぶと、その応用編である、「『病の皇帝』がん」の総論編と各論編に入る。がんは男女とも死因のトップ。日本では以前、胃がんの克服が大きな課題だったが、胃がんにヘリコバクター・ピロリという細菌が関係していることがわかった。今では抗生物質による除菌が進み、胃がんは減少している。ちなみにこの研究にもノーベル賞が出ている。

 実は女性の子宮頸がんにもウイルス感染が関係している。ヒトパピローマと呼ばれるウイルスで、100種類以上もあり、イボをつくるタイプや、子宮頸がんを引き起こすタイプなどさまざまな種類がある。子宮頸がんに関係するタイプには感染予防のワクチンが開発され、子宮頸がんの7割程度が予防できると考えられているが、日本では副作用への懸念から接種が進んでいない。

 がんについては「がんもどき」なので放っておいてもいいという説を唱える医師がいるが、教授は「これまでの研究成果から、その考え方は完全に否定されています」と一蹴する。「皆さん、決してだまされてはいけません。まぁ、この本を読めば、そんなアホな説は一笑に付していただけるはずですが」。

 テーマごとに最先端の研究や治療最前線のあらましが要領よく紹介されているのに感心した。医学や医療についてはいろいろな俗説があり、信じる人も少なくないが、その多くにどういった問題があるか丁寧に説明してくれる。

 病気の治療に迷ったさい、この本を読んでおくと医師に質問しやすくなることは確かだ。「企画をいただいてから4~5年かかってようやく完成にこぎつけることができました」。ウィキペディアもその都度、日本語と英語を比較し、多くは英語版に軍配を上げる丁寧さ。良心的で、おすすめできる医学入門書だ。昨年9月の発刊で、今年7月にはもう19刷に達している。

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)
  • 書名 こわいもの知らずの病理学講義
  • 監修・編集・著者名仲野 徹 著
  • 出版社名晶文社
  • 出版年月日2017年9月25日
  • 定価本体1850円+税
  • 判型・ページ数四六判・373ページ
  • ISBN9784794969729

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