読むべき本、見逃していない?

「あのころの私」「もう一人の自分」が叫んでいる!

『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック

 ウィスキーに「モルト」と「水割り」があるように、展覧会にも似たような違いがあるような気がする。巨匠の名前が大々的に付く展覧会でも、意外に本人の作品が少なく、同時代の画家たちの作品で「水割り」された展覧会が少なくない。

 2018年10月27日から東京・上野の東京都美術館で始まった「ムンク展――共鳴する魂の叫び」は最近では珍しい「100%モルト」の展覧会だと思う。展示100余点すべてがムンク作品で埋まっている。混じりけのない「原酒」の味と香りをたっぷり楽しめる。

幼少の時に母や姉を結核で亡くした

 ノルウェー出身の画家エドヴァルド・ムンク(1863~1944)は1000点以上の絵画、約 4500点のデッサンなどをオスロ市に遺贈した。その結果、まとまった形で地元に大量の作品が保全されている。画家としてはきわめて賢明な判断だった。今回は、オスロ・ムンク美術館に収蔵されている作品が丸ごと来日しているので、「ムンク100%」が実現しているのだ。

 本書『ムンク展――共鳴する魂の叫び』(朝日新聞出版)は展覧会に合わせて刊行された公式ガイドブックだ。ムンクの代表作「叫び」はあまりにも有名だが、北欧まで足を伸ばす日本人は多くない。だから画家の生涯や人物像は、作品ほどは知られていない。本書はそんなムンクについて、さまざまなエピソードも交えながらわかりやすく紹介している。ざっとこんな感じだ。

・「80歳」まで生きた、長寿画家のムンク
・ノルウェーの高額紙幣1000クローネの顔にもなった
・《叫び》はオスロに本当にある景色を描いた
・《叫び》は1枚だけじゃない! 手法を変えて何枚も描いた
・《叫び》は有名ゆえに2度も盗難に遭った
・当時の世界最高額96億円で落札された
・自画像だけでも60年間で200点以上描いた

 ムンクは幼少のころに母を、思春期に姉を結核で亡くし、心に大きな傷を負った。二人の死は病弱で繊細な少年の青春に暗い影を落とす。姉が息を引き取った椅子は生涯手放さなかったという。何人もの女性と付き合ったが、独身のままだった。今でいう「マザコン」「シスコン」だったのだろうか。何となく分かるような気がする。

イケメンのモテ男

 有名な「叫び」の来歴はこうだ。道を歩いているとき、太陽が沈み始めた。彼方の空が一気に朱に染まる。そのとき不意に、奇怪な叫び声を聴いた。まるで天変地異が起きたかのような不思議体験。ムンクは激しく動揺した。

 そしてこの体験をモチーフに様々な図柄の絵を何枚も描く。最初のころの作品は、登場人物が紳士で、キチンとした身なりをしている。ややうつむき加減で横向き。おなじみの耳を押さえる決めポーズではない。1年以上かけて現在よく知られている図柄に定着する。さらにその後も描き直している。それだけこだわりがあった作品ということだろう。

 ムンクには陰鬱で物哀しい作品が多い。だが、中には意外なほど明るいものもある。何せ大量の作品を残した作家だ。「ムンクは《叫び》だけじゃない」という本書のキャッチコピーは、まさしくその通りだと思う。

 ムンクは写真で見ると、長身、イケメンのモテ男だ。自画像を描きまくったということは、相当のナルシストだったのだろう。男女関係のゴタゴタで、交際相手ともみ合ううちに銃が暴発、そのとき指の一部を失っている。

「100%モルト」だから味が濃い

 ムンクは狂気の人だったとしばしば言われる。精神病院で治療を受けたこともある。歴史上の有名人を精神医学の視点から分析する「病跡学」では、統合失調症の代表例として取り上げられることが多い。「叫び」はその病気による幻聴、幻視によるとの見立てだ。

 だが待てよ、と思う。孤独や不安に駆られることはだれにでもある。立ち上がれないほど落ち込んだり、あらゆることが嫌になって世間と絶縁したくなったりしたことがある人は少なくないだろう。いまや、ストレス社会。精神病院とは言わずとも、メンタルクリニックや心療内科は身近な存在になっている。本欄で紹介した『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)によれば、日本では精神疾患を有する患者は増え続け、公式統計で400万人に迫っているそうだ。

 仮にムンクが狂気の人だったとしても、その苦悩や絶望、孤独感は「健常者」にも無縁ではない。正常と異常は地続きなのだ。ゆえに「叫び」は多くの人を魅了する。かつて自分にもこれに似た体験があった、と絵を見ながら静かに頷く。「あのころの私」「もう一人の自分」が叫んでいる・・・と。まさに展覧会のタイトルのように、ムンクと鑑賞者の「魂の叫び」が共振する。

 評者はすでに本展を見たが、なかなか強烈だ。思わず立ちどまり、くぎ付けになるような作品が「叫び」以外にも多数ある。「100%モルト」だから味が濃い。無理に一気に見ようとすると卒倒するかもしれない。ゆっくり、チビリチビリ味わうことをお勧めする。何回かに分けて通うのも良いかもしれない。

  • 書名 『ムンク展 共鳴する魂の叫び』 公式ガイドブック
  • 監修・編集・著者名朝日新聞出版 編集
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2018年10月25日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数A4判・ 96ページ
  • ISBN9784022792044

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