映画研究者の三浦哲哉さんは大の料理好きで、ほとんど毎日キッチンに立っている。三浦さんが、哲学・文学・映像論などを手がかりに「料理する」ことそのものの魅力を掘り下げた、新感覚の料理本を上梓した。2023年12月9日に発売された『自炊者になるための26週』(朝日出版社)だ。
本書は1週間で1章を読み、26週=半年をかけて、誰でもすすんで自炊する「自炊者」になれるという本だ。1週目は「おいしいトーストの焼き方」から始まる。前半は基本の調理法を押さえていき、後半では「ヤンソンの誘惑」「ガスパチョ」「かぶら寿司」といった、古今東西の料理が作れるようになる。
レシピだけでなく、買い物のし方や、台所の使い方、うつわの選び方の章も。料理に合わせるお酒の選び方や、ハンバーガーとコーラの章まであり、作って食べること全体を語り尽くしている。
三浦さんいわく、料理の最大の魅力は「風味」。味と一体となったにおいのことをいう。おいしいと感じる時は、この風味が大きな役目を果たしているそう。作家や学者たちが風味についてつづった文章を引きつつ、「においを食べる」という料理の楽しみ方を提案している。
自炊は楽しい、と心から思います。うまくなったから楽しい、ということではありません。日々少しずつ、自炊をしながらいろいろな風味に触れて自分が変わってゆく、このプロセスがずっと楽しかったし、いまも楽しいと感じているということです。
(「序 料理したくなる料理」より)
料理をしてこなかった人は自炊をしたくなり、いつも料理をしている人なら台所に立つ時の気持ちが変わりそうな一冊だ。
【目次】
序 料理したくなる料理
1 においの際立ち
おいしいトーストの焼き方/においの語源と「感覚順応」/バゲットを穏やかに加熱する/サワードゥを直火焼きする
2 においを食べる
米を炊く/人間の鼻もじつは犬並みにすごい説/味のちがいはにおいのちがい/ふるさとの米の風味さえも
――米を炊く(炊飯器の場合)/米を炊く(鍋の場合)
3 風味イメージ
みそ汁を作る/風味は映像である/風味の分類――①風味インデックス/②風味パターン/③風味シンボル/においはへだたった時間を映す/自炊者=エアベンダー
――だしの取り方/みそ汁
4 セブンにもサイゼリヤにもない風味
ここから自炊するという線引き/セブンイレブンのおいしさ/サイゼリヤのおいしさ/規格品にはない風味の個体差とゆらぎ/青菜のおひたしは海のさざなみのように
――青菜のおひたし/一期一会のトマト・パスタ
5 基礎調味料
感動>面倒/基礎調味料の風味がベースになる/基礎調味料は費用対効果が高い/ノイズキャンセリング力を発揮する/しょうゆ選び/塩選び
6 買い物
何を買うか決められない問題/目利きはするな/専門店の先生たちの見つけ方/あなたが素材を選ぶのではなく、素材があなたを選ぶ
7 蒸す
蒸しものの準備/皮付き野菜を蒸して香りを楽しむ/魚の蒸しもの
――いろいろ野菜の蒸籠蒸し/蒸し野菜のべっこう餡かけ/バーニャカウダ/ひき肉ソース/たちうおの清蒸魚
8 焼く
肉の焼き目のにおいはどうしてたまらないのか/グラデーションをつけて焼く/ステーキ肉を焼く/フッ素樹脂加工か鉄か/焼き方は人となりを映す/オムレツの焼き方/「ひとり料理の喜び」
――ステーキ
9 煮る
シンプルでおいしい野菜のポタージュ/水に風味とうまみを移す/スープの塩分濃度は0・6%から/野菜のかたちを残すポタージュ/含め煮――調味だしは20:1:1から
――野菜のポタージュ(攪拌する)/野菜のポタージュ(かたちを残す)/調味だし/含め煮/ふきの含め煮/おひたし(アスパラガス、ズッキーニなど)/菊の花のおひたし
10 揚げる、切る
家であえて揚げものをする理由/バットが三つありますか?/春巻き/麦いかのフリット/包丁の使い方にどう慣れるか/作業の進行を直感的にイメージできるようになる
――牡蠣フライ/牡蠣の春巻き/麦いかのフリット
11 動線と片付け
片付けの意義/台所のうつくしさ/プライムスペース/揃えるべきキッチンツール/キッチンは風味の通路
12 カイロモン
風味は誘惑の信号である/カイロモンは他種を誘惑するにおい/変化それ自体がよろこび/F感覚とC感覚
――おでん
13 日本酒
良質な食中酒は自炊を底上げする/アテ化によってシンプル料理が極上に/酒はパスポート/ベーシックな日本酒とは/先生を見つけ、入門用の酒を選ぶ/燗をつけてみる
――シンプルなアテいろいろ/お燗
14 ワイン
面倒ではないワイン/自炊のためのワイン保存システム/「自然な造りのワイン」とその歴史/インポーターで選ぶ/ワインの先生に学ぶ/ワインを買いにいきましょう
15 青魚
季節の魚の風味に触発されて/風味の喚起力は鮮度に比例する/あじといわしは最上の美味/キッチンに魚の通り道を作る/あじをさばいて食べる/青魚、絶対のふた品
――焼き魚/あじのなめろう/しめさば
16 白身魚など
中型魚をさばく/フライパンでポワレにする/魚を長く多面的に味わい尽くす/生のまま魚を熟成する
――平造り、そぎ造り/白身魚のポワレ、ムニエル/ブールブランソース/焦がしバター(ブールノワゼット)/サルサヴェルデ/こんぶ締め/干物/あらのスープ/あらのだし汁で作るパエリア/白身魚の熟成
17 1+1
魚一種に野菜一種の即興料理を作ってみる/生魚のカルパッチョ+野菜/風味のモンタージュ/焼き魚+野菜/魚と野菜のスープ仕立て
――あじのカルパッチョ、ルッコラ添え/いわしの直火焼き、茹でたじゃがいも添え/フィッシュ・ベジタブル・スープ/牡蠣とぎんなんのスープ
18 混ぜる
百獣ごはん/ワンプレート・ランチ/混ぜる料理の伝統的な型/サラダうどんとそばは格別においしい
――ちらし寿司/サラダうどん、そば
19 春夏の定番レシピ
歌い継がれ愛されてきた民謡のような名レシピ/春/夏/ノー・シーズンの定番
――あさりと豚肉のアレンテージョ風/生わかめとたけのこ/ふきのとうみそ/ラタトゥイユ/ガスパチョ/山形のだし/ピコデガヨ/生ハムとバターのバゲットサンド/干ししいたけとちりめんじゃこの炊き込みごはん
20 秋冬の定番レシピ
秋/冬/ノー・シーズンの定番
――きのこの当座煮/きのこのにんにく炒め/ほうとう鍋/バジルペースト/さんまのわたソース/ヤンソンの誘惑/かぶと牡蠣のグラタン/焼きかぶのサラダ、かぶのソース/筑前煮/じゃがいもセロリ/鶏肉とパプリカ
21 乾物
乾物の魅力/家に常備するものリスト/塩して熟成する
――鞍掛豆のサラダ/トルティーヤ/塩もみ、浅漬け、かぶ酢/塩豚
22 発酵
発酵保存食品を自作する意味/日々の献立ての基本
――白菜漬け/甘酒/かぶら寿司
23 うつわとスタイル
なぜスタイリングによって料理はよりおいしくなるのか/練習問題/「ねばならぬ」ではなく/うつわの質感/雑多を許容する
24 ファーム・トゥ・テーブルとギアチェンジ
ひとはいつから「素材を活かすべき」といい始めたのか/スローとファストのギアチェンジ/「群島としてある世界の肯定」/続・人間の鼻もじつは犬並みにすごい説/ハンバーガー
――ハンバーガー/クラフト・コーラ
25 索引と徴候
別の時空につながるにおい/索引がひらく過去、徴候が予感させる近未来/微分回路(徴候)と積分回路(索引)/風味の解像度とは/生活史を積分する/食の幸福
26 家事と環境
家事分担の不均衡/ふつうのすばらしさを再発見する/環境問題について
――赤飯
参考文献
ブックガイド
■三浦哲哉さんプロフィール
みうら・てつや/青山学院大学文学部比較芸術学科教授。映画批評・研究、表象文化論。食についての執筆もおこなう。1976年福島県郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。著書に『サスペンス映画史』(みすず書房、2012年)『映画とは何か――フランス映画思想史』(筑摩選書、2014年)『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店、2018年)『食べたくなる本』(みすず書房、2019年)『LAフード・ダイアリー』(講談社、2021年)。共編著に『オーバー・ザ・シネマ――映画「超」討議』(フィルムアート社、2018年)。訳書に『ジム・ジャームッシュ・インタビューズ――映画監督ジム・ジャームッシュの歴史』(東邦出版、2006年)。
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