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20~50代夫婦の「危機」集めました。彼らが出した答えとは――?

Yukako

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夫妻集

「夫婦の明日は ふたりで決める」

 2019年に青春小説『ひと』が本屋大賞2位となった小野寺史宜さん。このたび刊行された書き下ろし小説『夫妻集(ふさいしゅう)』(講談社)は、結婚生活存続の危機に直面した20代から50代の夫婦4組が、互いに腹を割って話し合い、答えを出していく連作短編集。

 4組の夫婦は、夫か妻のいずれかが東京・神保町にある大手出版社に勤務している。人事部長、販売部社員、文芸部社員、ライツ事業部副部長へと視点を代えながら、夫婦の馴れ初めから夫婦生活をおびやかす事件までが語られる。

■佐原(さはら)夫妻 夫55歳・妻52歳
 娘がカレシを連れてきた。夫と妻で、カレシに対する印象が真逆で......?

■足立(あだち)夫妻 夫25歳・妻25歳
 新婚早々、妻が名古屋へ異動。結婚直後の別居に夫は戸惑い......?

■船戸(ふなと)夫妻 夫27歳・妻35歳
 バツイチ子持ちで再婚した妻。8歳下の夫に負担をかけている気がして......?

■江沢(えざわ)夫妻 夫48歳・妻45歳
 夫が植木職人になりたいと言い出した。動揺する妻に、さらなる追い打ち......?

結婚三十年。価値観の違いが浮き彫りに

妻 「もし楓がすごい人を連れてきちゃったらどうする?」
夫 「すごい人って何だよ」

 ある日の佐原家。夫・滝郎(たきろう)と妻・和香(わか)は、娘・楓とカレシが家に到着するのを待っていた。バンドマンだったらどうする? ラッパーだったら? と、カレシが「すごい人」という設定であれこれ想像しながら。

 楓とカレシは約束の時間に遅れて現れた。悪びれる様子もなく、飄々としている。カレシの名は池本。楓と同じ27歳。お笑い芸人・役者志望だが、事務所にも劇団にも所属しておらず、YouTuberをして家賃を稼いでいるという。

 人事部長の滝郎は、人を見る目はあるほうだし、人を公平に見ているという自負があった。楓が決めた相手なら、と言うつもりでいた。しかし、池本は無理だった。どれも中途半端で、「お邪魔しま~す」という軽薄な態度も引っかかる。「本気なのか? 楓」

 楓と池本が家を出ていくと、ドッと疲れが。「すごい人、来ちゃったな」「は? 来てないでしょ」。夫婦の価値観の違いが、ここで浮き彫りになる。池本に抱いた印象が真逆だったのだ。

「さっき和香は言っていた。結婚してもう三十年になるけど、お父さんのことで知らないこともあるもの。おれにも和香のことで知らないことがあった。」

 個人的には滝郎と同意見だが、和香は違うようだ。娘の交際に、夫婦の価値観の不一致に、滝郎はどんな答えを出すのか。

結婚十七年。無難だった夫の告白

夫 「植木職人になりたいんだよ」
妻 「何?」

 ある日の江沢家。沖縄で修業して植木職人になりたい。夫・厚久(あつひさ)からの突然の告白に、妻・梓乃(あずの)は動揺していた。中3と小6の子どもがいて、マンションのローンも残っている。なに突拍子もないことを! と一蹴したいところだが、厚久は20代のころからやってみたかったと言う。

 追い打ちをかけるように、厚久が衝撃の提案をしてきた。梓乃は絶句し、「夫は本当にバカな人だったのだ」と悟る。ただ、厚久がいまの仕事を楽しめていないことはわかっていた。志望した出版社に入れた自分は恵まれていることも。とはいえ、積み重ねてきたものを台無しにされるようで納得できない。

「結婚して十七年はいい意味で無難な夫でいてくれた厚久。それがまさか五十を前にして植木職人になりたいと言いだすとは。」

 双方の気持ちをどれだけ尊重するか。その塩梅が難しい。夫の告白に、夫婦のかたちに、梓乃はどんな答えを出すのか。

『夫妻集』小野寺史宜 著(講談社)
『夫妻集』小野寺史宜 著(講談社)

 著者の小野寺さんはシナリオを書いた経験があるそうで、本書は会話のシーンが多く、テンポよくさらさら読める。ある夫婦の、このセリフが印象的だった。

夫 「夫婦が十組いたら、十とおりのもめ方があるんだね」
妻 「ということは、十とおりの収め方もあるのよ」

 滝郎や梓乃が勤める大手出版社の内情が書かれていて興味深い。就職の競争倍率は300倍、編集ではなく販売の部署にいても1日1冊は読む......など。どこまで本当かはわからないが、20年前に就活で大手出版社を受けた者としては、こんな感じなのかなと想像して楽しんだ。

「夫妻集」というタイトルを見て、よその夫婦はどうなんだろう、と興味をそそられた。なるほど、夫婦はもともと他人同士。結婚生活に危機はつきもの。危機も、それに対する答えも、夫婦の数だけあるようだ。


■小野寺史宜さんプロフィール
おのでら・ふみのり/1968年千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞を受賞し、デビュー。08年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。著書に『ひりつく夜の音』『本日も教官なり』『ライフ』『ナオタの星』『みつばの郵便屋さん』シリーズ、『その愛の程度』を一作目とする『近いはずの人』『それ自体が奇跡』の夫婦三部作、『縁』『天使と悪魔のシネマ』『片見里荒川コネクション』『レジデンス』『銀座に住むのはまだ早い』『君に光射す』『みつばの泉ちゃん』などがある。19年『ひと』で本屋大賞2位。


※画像提供:講談社



 


  • 書名 夫妻集
  • 監修・編集・著者名小野寺 史宜 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2023年8月21日
  • 定価1,980円(税込)
  • 判型・ページ数四六変型判・308ページ
  • ISBN9784065325346

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