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息子に「ちがう景色」を見せたいゲイ・カップル。名門私立校のお受験に挑む!

Yukako

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ビギナーズ家族

「母からは、俺たち三人は"家族ごっこ"だ、って言われた。だから、養子縁組もしたんだけどね。でも家族ってなんだろ、って思うよ」

 歌人、小説家、実業家の小佐野彈さん。名家に生まれ、幼稚舎から大学院まで慶應に通い、ゲイであることを公表している。本書『ビギナーズ家族』(小学館)は、同性カップルが養子を迎えて名門私立小学校のお受験を試みる物語。彼らはいわゆる「普通の家族」とはちがう、「あたらしい家族のかたち」をつくっていく。

 同性カップルへの偏見、名門校のお受験の裏事情......。フィクションとわかっていても、中には目を丸くするような描写も。小佐野さん自身の実体験をベースにしたところも多く、誰かを傷つけたり名誉を毀損したりしてしまうのではないかと、書きながら「迷いと葛藤」があったそうだ。

「『ビギナーズ家族』は、超えてはいけない停止線ギリギリまで書き切った作品だと思う。でも、僕にはまだ停止線がはっきりと見えていないから、ひょっとしたら数センチ、越えてしまったかもしれない。」(「小説丸」より)

「家族」を始める

 大田川秋(おおたがわ・あき)は、エッセイスト、ベンチャー企業経営者。オープンリーゲイである。亡き祖父は中堅ゼネコングループの経営者で、母親は世界的デザイナーという、セレブ家庭で育った。両親は秋が幼い頃に離婚している。

 一方の中島哲大(なかじま・てつひろ)は、特別支援学校の体育教員。関西の一般家庭で育ち、30歳になったら同業の女性と結婚しようと思っていた。それぞれの人生を歩んでいたふたりが、バーで偶然出会うところから物語は始まる。

 出会って2年、秋と哲大は青山で同棲していた。ある日、20年以上没交渉だった秋の父親が急逝した。そこで初めて、父親には3番目の妻との間に2歳の息子・蓮(れん)がいることを知る。秋と蓮は異母兄弟ということになる。蓮の母親は産後うつで長期入院していて、子育ては難しい状態だという。

 子ども。家族。自分たちには夢のまた夢だと諦めていた。ところが、「運命の分かれ道」のような地点」に立ち、秋と哲大はあり得ないと思っていたほうの道を選んだ。まず、渋谷区のパートナーシップ証明を取得。そして秋が蓮の未成年後見人となり、蓮を養子として迎えた。こうして3人は「家族」を始めた。

「家族――。なんて甘くて、頼りない響きだろう。(中略)ねえ哲大。家族、つくれるかなあ。家族に、なれるかなあ。『なれるで、秋さん。家族、やってみようや』」

「ちがう世界」の景色

 日本で最も入ることの難しい名門私立小学校。入学すれば、名門大学卒の学歴が6歳にして約束される。そこは秋の母校で、受験までの道のりがいかに「えげつない」かを知っている。蓮は公立でのんびり過ごさせてあげたいし、そんな「修羅場」に哲大を巻き込みたくない。

 ただ、秋は名家の一員。秋の養子になった蓮の将来には必然的に、複雑な問題が絡まってくるのだった。「蓮君に最高の教育を与えて、将来の可能性を広げてあげるのは義務よ」という母からのアドバイス(プレッシャー)を受け、秋は悩む。そもそも同性カップルの子どもが受け入れられるかはわからない。それでも――。

 自分が見てきた「高い山」からの景色を、「ちがう世界」の景色を、蓮にも見せてあげたい。秋は哲大と話し合い、名門幼稚園への転籍、小学校受験塾への入塾、そして名門小学校の受験を試みることを決めた。

 新しい家族のかたち。このテーマだけでも物語は成立しそうだが、そこにお受験が絡むことで、物語は複雑さと切実さを増している。ボスママやマウンティングはまだ想像がつくが、そこから先、これは実際に経験した人でないと絶対書けない......! という独特な世界を見た。本作はミステリーでもホラーでもないけれども、それに近い感覚で読んだ。

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歪で、脆くて、不格好でも

「ちがう世界」の景色にカルチャーショックを受けたが、わが子のために必死になったり不安になったりする親の気持ちは同じだな、と思った。セレブだから、同性カップルだから、と線を引かれたくない。同じようなことで悩んだり苦しんだりしていることを知ってほしい。本作にはそんな思いも込められているという。

 家族を始めるとか、家族とは何かなど、考えたこともなかった。しかし、秋と哲大は自分たちのことを「初心者家族」と言う。かたちありきではなく、気持ちのつながりを頼りに道なき道を進んでいく。その様子があまりにも純粋でひたむきで、彼らこそ「ほんとうの家族」じゃないか、とも思った。

「夢では、ないのだ。歪で、脆くて、不格好で。でも、どうしてもつながってしまう。そんな家族の像が、いま秋の目の前に、たしかに存在している。」

 セクシュアリティに戸惑う少年の内面をつづった自伝的小説『僕は失くした恋しか歌えない』(2021年)を読んだとき、赤裸々でドキドキしたことを覚えている。小佐野さんは小説の題材になるような人生を送っている稀有な人なのだなと、あらためて思う。


■小佐野彈さんプロフィール
おさの・だん/1983年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。台湾台北市在住。2017年「無垢な日本で」で第60回短歌研究新人賞受賞。18年、第一歌集『メタリック』刊行。19年、第63回現代歌人協会賞、第12回「(池田晶子記念)わたくし、つまり Nobody 賞」受賞。小説作品に『車軸』『僕は失くした恋しか歌えない』。




 


  • 書名 ビギナーズ家族
  • 監修・編集・著者名小佐野 彈 著
  • 出版社名小学館
  • 出版年月日2023年5月18日
  • 定価1,980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・320ページ
  • ISBN9784093866859

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