「世の中には人間の数だけ地獄がある。それは当人でないと決してわからないものだ。」
Twitterで話題になっている、タワーマンションに住む人々の日常を赤裸々に描いた「タワマン文学」をご存知だろうか。
「タワマン文学」の先駆者である窓際三等兵さんが名義を外山薫に改め、本書『息が詰まるようなこの場所で』(KADOKAWA)で作家デビューした。湾岸エリアにあるタワマンの低層階と高層階に住む、2つの家族が繰り広げる群像劇だ。
日本における「富の象徴」となったタワマン。テレビに映し出される、眩いばかりのタワマン。どんな人が住んで、どんな景色を見て、人間関係はどうなっているのだろう......。多くの人にとってタワマンは、憧れの的であり好奇心の対象でもある。しかしそこには、外からは決してうかがい知ることのできない焦燥と葛藤があるようだ。
本書は「プロローグ」「第1章 春 平田さやかの憂鬱」「第2章 夏 平田健太の焦燥」「第3章 秋 高杉綾子の煩悶」「第4章 冬 高杉徹の決断」「エピローグ 平田充の発奮」の構成。同じタワマンに住み、息子の過酷な受験戦争に奮闘する、平田家と高杉家の妻と夫。この4人の視点から語られる。
「タワマンには三種類の人間が住んでいる。資産家とサラリーマン、そして地権者だ」
平田さやかは一昔前、下世話なネットニュースでこんなフレーズを読んだことがある。さやかが住んでいるタワマンの住民も、このとおりに分類される。
1つ目の資産家は、開業医、企業経営者、スポーツ選手、タレントなど、いわゆる富裕層。高杉家もここに含まれる。2つ目のサラリーマンは、多数派を形成している勢力。社名を聞けばすぐにわかるような有名企業に勤めている人が多い。平田家もここに含まれる。3つ目の地権者は、タワマンの建設予定地に住んでいたり、商売をしていたりする人。先祖代々の土地や店を手放す代わりに、新たに建設されるタワマンの部屋を無償であてがわれる。
外から見れば同じ1つのタワマンだが、その中は「自分たちで作った序列を気にしてがんじがらめになっている人々」で溢れているという。
「住んでいる階数、部屋の値段、夫の職業、年収、子供の成績――。この建物では、付き合いがある人たちの間でありとあらゆる情報が筒抜けとなり、比較の対象となるのだ。誰も表立って口には出さないが、誰が上で、誰が下かという序列は明確にある。」
平田家は、夫・健太(45)、妻・さやか(42)、息子・充(11)の3人家族。
4月のある日、さやかはイライラしていた。仕事があるうえに、小6の息子の中学受験を控えている。それなのに、PTAの会計係を押し付けられたのだ。PTAなんて他人事のような夫の態度にもカチンときた。
PTAの会長を引き受けたのは、高杉綾子。夫が開業医で、同じタワマンの最上階に住んでいる。息子は日本トップクラスの秀才、娘は天才ピアノ少女。元読者モデルだった綾子の容姿は、40代半ばになっても衰えることはない。
最上階の高杉家のリビングからは、東京タワーからレインボーブリッジまで一望できる。低層階の平田家のベランダからは、東京タワーもレインボーブリッジも見ることはできない。「ヒエラルキーの頂点」に立つ綾子と会うたびに、惨めな気持ちになるさやか。胸の奥に「ザラザラした感情」が生まれる。
さらに、さやかは職場でも「格差」を感じていた。大手銀行の総合職として働く才色兼備の同僚と、一般職として働く自分。出世コースに乗っている側の人間と、光が当たらない側の人間。そうやってつい比較してしまうのだ。
「東京というすべてが狂った異常な街で、息が詰まるようなこの場所で、私たちは何を追い求めて消耗しているのだろうか。」
高杉家は、夫・徹(47)、妻・綾子(45)、息子・隆(11)、娘・玲奈(9)の4人家族。すべてを持っている綾子は、さやかの羨望の的だった。しかし、綾子が語り手となる第3章に入ると、それはさやかから見た綾子の一面に過ぎないとわかる。
綾子は群馬のとある町の出身。父が母に暴力をふるう家から、昭和から時計の針が止まったような町から、出ることばかりを考えていた。ここで一生を終えたくなかった。恵まれた外見は、キラキラした東京の生活をつかむために神から与えられた武器だと思った。
29歳の時、芸能活動の合間にバイトで働いていた西麻布のラウンジで夫と出会った。パッとしない内気な男だったが、開業医の長男だと知り、「『次』に進むための鍵はこれだ」と確信する。こうして、「東京で上流の暮らしを実現するための打算で成り立った結婚生活」は始まった。
そして進んだ「次」には、跡継ぎの誕生を迫る義父母のプレッシャー、不妊治療、長男の医学部進学という必達目標が、綾子を待っていた。
「どこをどう切っても、煩悩だらけの私たち。この雑多な欲望まみれの東京で、私たちは今を生きている。」
「タワマン」というワードに、なぜこんなにも興味を搔き立てられるのだろう......と思いながら読んだ。想像していた展開とは違ったが、タワマンの内幕を見た気がした(いろいろなタワマンがあると思うが)。
湾岸エリアのタワマンから自分が住んでいる場所に舞台を移しても、彼らと同じで焦燥も葛藤もあるなと思った。「上には上がいくらでもいた」と落ち込んだり、「私の選択は間違っていなかった」と信じたかったり。息が詰まるか幸せを感じるかどうかは、自分がいるこの場所で、何を見て何を大事にするかで変わるのかもしれない。
■外山薫さんプロフィール
とやま・かおる/1985年生まれ。慶応義塾大学卒業。
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