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女が男より強いクニがある。高殿円さんの歴史ファンタジー小説。

忘らるる物語

 「男が女を犯せぬ国があるという」。そんな奇妙なフレーズで始まるのが、高殿円(まどか)さんの新作小説『忘らるる物語』(KADOKAWA)である。歴史ファンタジー小説の体裁を取りながら、ジェンダーについて鋭い問題意識を突き付けている。

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 中国の王朝を思わせるような架空の燦(さん)という帝国と服属する周辺の王国やさらに小さな部族の国々が舞台だ。

 主人公の環璃(ワリ)は、北のはずれの月端という国の王女だった。占いで燦の「皇后星」が選ばれることになり、北の部族の中で子を産んだ経験のある10代の女の中から環璃が選ばれた。その結果、一族は燦によって滅ぼされ、16歳で産んだ我が子は拉致されてしまう。

 環璃は、次の帝になる資格をもつ4人の藩王の国を、占いで決められた順にめぐることを強制される。王と寝て2カ月ほど共に過ごし、その間に子ができれば、その藩王が次の帝になり、環璃は皇后になる。子ができなければ次の国へ。4カ国回って懐妊しなければ、最後に帝と寝て、さらに子ができなければ処刑されるという。

 なぜ、このような理不尽で残酷なことが行われることになったのか。それには帝国内部での熾烈な権力闘争が背景にあった。帝国はここ数十年、帝とその外戚である伏義氏一党によって支配されてきた。帝国の定めによって皇位は10年ごとに交代し、その都度皇后星がたち、かたちだけ藩王国をめぐってから、伏義氏の養女として正式に皇后になってきた。

 今上帝は学友を中心に「帝心中」という親衛隊をつくり、彼らは摂政政治を続けようという伏義氏と対立していた。そんな中、もう何十年も形骸化していた皇后星の真の風習が復活されることになったのだ。これは陰謀なのか。

 外戚といえば、日本の平安時代の藤原氏や、朝鮮王朝における一部の外戚の専横ぶりを思い出す。ファンタジー小説ではあるが、東アジアの歴史を踏まえたところが面白い。

 さて、真珠の輿に乗せられ、運ばれていた環璃の一行は山賊に襲われる。そこを見知らぬ女戦士に助けられる。男たちが女に触れると、首が落ち、頭が転がった。

 環璃は子どもの頃に聞いた言い伝えを思い出していた。

 「女を暴力で犯そうとした男は、一瞬でパッと灰燼(はい)になっちまうのさ」

ロールプレイング・ゲーム風の物語

 そんな不思議な能力を持つ女戦士、チユギに環璃は、帝国の打倒と息子との再会を誓うのだった。それぞれの旅と戦いがロールプレイング・ゲームのように綴られていく。今日風の視点もある。

 颱汗(タイハン)藩国の藩王は、60の老齢だったが、次の帝になれるかもしれないと色めきたち、環璃のまわりを金や銀や玉で飾り立て、心配りをした。夜な夜な子づくりに励んだが、環璃は何を聞かれても黙って微笑むばかりだった。2月ばかりの蜜月はたちまち去った。

 次の烏爬(ウーファー)藩国は、沈黙が礼儀のひとつという国だった。無口な女官のほかはこの国に留学中の圭真という若者がアテンドした。50日過ぎても藩王はやって来なかった。いよいよ藩王が離宮に到着。これからだ、というところで事件が起きる。

 宴会に出ていた大臣の親族が、溶けるように消えたというのだ。チユギたち女戦士が来たか、と期待する環璃。折しも「大裁定」という儀式が行われるところだった。高い滝から罪人たちが湖面に飛び降り、死んでいく。恐怖による支配が行われている国だった。

 3つ目の胡周(コジョン)藩国が最も興味深い国と思えた。独特の官吏任用試験が行われていた。芸・文・武と3つの領域で試験があるという。中国の科挙は文だけだったが、朝鮮の官吏任用試験は文と武があった。この架空の国ではさらに「芸」があるというのが面白い。チユギの仲間の女がこんなことを言う。

 「この国はな、無能な王が支配するために、実によくできているのさ。国民の半分近くが試験を受け、官吏として登用される。特筆すべき点は武術に優れた者、教養のある者以外にも、一芸に秀でた者まで多くひろいあげていることだ。彼らは実にいい働きをする。働きっていうのは、つまり偽物の充実感を与える仕事だ」

 働くことの意味を考えさせられ、ドキッとした。

 最後のもう一つの藩国での衝撃的な体験を経て、環璃は帝国の首都、「極都」へ到着する。そこで圭真が「帝心中」の一員だったことを知る。さらに「帝心中」の男たちと寝る、と帝に宣言する環璃だが、その真意は。そしてベールを剥ぎ取った帝の真実は――。

 長大なファンタジー物語の構想と骨格を備えながら、コンパクトでリーダブルな作品に仕上がっている。女性から男性への「反撃」の小説とも理解できる。「自由っていうのは、相手と対等に戦える力をもつことさ」という登場人物のことばが響く。壮大な世界観が魅力だ。

 高殿さんは2000年デビュー。「トッカン」シリーズなどがある。BOOKウォッチでは、高殿さんの『コスメの王様』(小学館)『戒名探偵卒塔婆くん』(KADOKAWA)を紹介済みだ。



 


  • 書名 忘らるる物語
  • 監修・編集・著者名高殿円 著
  • 出版社名KADOKAWA
  • 出版年月日2023年3月10日
  • 定価2090円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・422ページ
  • ISBN9784041113929

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