2022年10月、5年に一度の中国共産党の党大会が開かれる北京。この党大会で、習近平総書記が異例の任期3期目に入るという見方がもっぱらで、西側からは習近平氏の「皇帝」化と中国の「帝国」化が進む、との指摘もある。
京都府立大学教授の岡本隆司さんの最新刊『悪党たちの中華帝国』(新潮社)によれば、その北京の原型を作ったのが、明朝の第三代皇帝、永楽帝である。死んだのは、今からほぼ600年前の1424年。65歳だった。本書を通読して明らかになるのは、今に至る中国の最高権力者とその対抗者に見える共通点である。
「明」はモンゴル帝国の元の支配から漢民族による復興を成し遂げた朱元璋(洪武帝)に始まる王朝だ。永楽帝は朱元璋の子であるが、2代皇帝になった朱元璋の孫、建文帝を倒して帝位に就いた。本書によれば、甥を殺して帝位を簒奪した「悪党」の一人ということになる。その悪党・永楽帝が首都とした北京も、最初は元のクビライが都に定めた場所だったが、以後、現在に至るまで中国の政権の中心はほぼ、この北京にある。
19世紀から20世紀にかけ、欧米列強と日本による帝国主義による圧力もあって、異民族王朝の清朝が滅亡したあと、中華民国を経て、現在に至る中華人民共和国は漢民族中心で、中国共産党の一党支配下にある。明と似ているのだ。
かつての中国が、王朝(皇帝)=帝国、であったように、いまの中国では、党総書記=国家主席である。明王朝と共産党を並べれば、永楽帝が3代目であったように、習近平氏は毛沢東、鄧小平についで3人目の「終身最高権力者」を目指しているとされる。
本書では、「唐」以降を「中華帝国」として位置づけ、異民族王朝も含めて大小様々な王朝の皇帝(自称含む)が「悪党」として登場する。だが、どちらが「悪党」と称されるかは、その後も含めた権力の所在による。永楽帝にしても、黙っていれば、「邪魔者の叔父」として甥に粛清されていた可能性があるわけで、「殺したのは殺されないため」という、身も蓋もない中国権力者の歴史の実相を見る思いがする。
「明」にさかのぼる「唐」滅亡後、「五代十国」といわれるカオスの時代に、数多くの「皇帝」や「王朝」が中国全土で乱立し、ときには併存していたことがあった。
だが、本書によれば、必ずしも当事者が至高の位を望んだわけではなく、権力を握ってしまうと、「帝位」に上らざるを得なくなる政治文化が中華帝国にはあったということになる。広大な土地と多くの民族をまとめ、外敵の侵入を阻止するための権力のあり方だった。それが「悪党」を生み出した。
1911年の辛亥革命で中国初の共和制になった「中華民国」。その大総統になった袁世凱は、中国に共和制は合わないという周囲の声に押されるように帝政復活に動き、「中華帝国」への国号改称と、元号「洪憲」を発表し、自身が皇帝になろうとした時期もある。本書では、実際に皇帝になっていないので「悪党」としては扱われてはいないが。
また、身内を滅ぼさなければ、身内に滅ぼされるという繰り返しの中で、王朝交代はもとより、同じ王朝内でも皇帝の代替わりがあれば、当代の「明君」が「暗君」「悪党」に代わり、その逆もあった。それを正当化するのが儒教であったわけが納得できる。
これは最高権力者に限らず、皇帝に仕える臣下、官僚や学者、文筆家にも及ぶ。
朱子学、陽明学といえば、日本の徳川幕府の支配を正当化したイデオロギーとしても知られる。だが、それらを創始した朱熹、王陽明は、その当時の中国では「悪党」として扱われていた。
本書によれば、朱子学というのは、科挙という国家官僚試験合格のための参考書、現代の日本でいう「赤本」のようなものだった。そうしたものを「学問」としてありがたがっていたのが江戸時代の日本人だったということになるが、現在の日本の教育の現状がこれを笑えるのかという気もしてくる。
本書の最後を飾る「悪党」は、清末から中華民国にかけて、日本にも長く亡命していた知識人、梁啓超である。世界史の教科書で名前を知っている人はいるかもしれないが、その事績を詳しく知る日本人は少ないだろう。
康有為という、これまた名前だけは知っている人の多い清末の政治家の弟子だったが、ジャーナリストとして活躍した。「わが国には国名がない」というのは梁啓超の言葉だという。『中国史叙論』の中で、「漢」「唐」など王朝名はあるが、「中国」「中華」では自尊自大の謗りを免れないとしながら、やむを得ず、自国史の名称を「中国史」とするとし、「中国」という名前で国民国家を目指していたという。
逸話の多い梁啓超の中で、最も印象深いのは、先にも触れた袁世凱の帝政復活に反対したことだった。文筆だけでなく、軍事的な対抗の構えも見せ、袁世凱に帝位を断念させた。さらに、その後、旧師の康有為らが、退位していた旧清朝の溥儀を復位させて帝政を復活させようとした動きにも反対し、頓挫させている。
「帝政」復活に強固に反対し、「共和制」という政体を守ろうとした彼のような「悪党」がいなければ、今日の中国は、本当の「皇帝」がまだ君臨する国になっていたかもしれない。
彼が死んだのは1929年、55歳のときで、その後の中国共産党と国民党が入り乱れ、日中戦争の泥沼に入っていく様は見ていない。「梁啓超が生きていれば」という歴史のイフを抱きたくなるような悪党だった。
100年に及ぶ中国共産党にも、本書に登場するような権力闘争や思想闘争を彷彿とさせるような歴史があり、毛沢東や文化大革命などに対する評価は大きく変化してきたのは周知のとおりだ。
「悪党たちの中華帝国」という歴史大河ドラマがあれば、最新シリーズは、皮肉にも「共和国の皇帝」を目指す習近平氏ら中国共産党幹部がこの秋、北京で一堂に会する映像から始まることになるだろう。
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