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これは狂気か、計算通りか? ロシアの"モンスター"作家は読者をぶっ飛ばす

「現代ロシア文学のモンスター」と呼ばれている作家をご存じだろうか。ウラジーミル・ソローキンさん、1955年生まれ。現在はドイツに在住している。

 2023年3月2日に終了した、東京の本屋を盛り上げるプロジェクト「#木曜日は本曜日」内で、芥川賞作家の本谷有希子さんが、「人生を変えた本」としてソローキンさんの短編集『愛』(国書刊行会)を紹介した。いわく、「読んで興奮をおぼえる人か、吐き気をおぼえる人かに二分されます」「人に勧められない」という超問題作。

いつの間にか自分がこれまで信じてきたこととか価値観が全く通用しない場所に放置されてて、あとはもうただただ呆然とするしかないっていう。(本谷さん)

「初めての人はダメ」芥川賞作家・本谷有希子が「拷問」に遭った本とは?

 そこまで言うとは、いったいどれほどのものなのだろうか? ちょうど2月16日に『愛』、2月24日に長編小説『ロマン』(国書刊行会)が新装版で復刊。この機会にと、2冊を手に取ってみた。

『ロマン』はなんと約800ページ!
『ロマン』はなんと約800ページ!

突然途切れて......ここはどこ?

『愛』は、17編の短編から成る1冊。1編めの「愛」では、どうやら老人が若者に語りかけているらしい。「こいつはずいぶんと昔の話だ。わしはまだ君たちよりも若かった。」彼は当時、村の学校を成績優秀で卒業し、専門学校に入るため町へ出たという。なんだ、ごく普通の小説ではないか。そう思って読み進めていると、担任に書いてもらった推薦状を専門学校の校長に見せ、入学を許可してもらうくだりでいきなり、「そこでわしは一つ君に仕事を............」と校長の言葉が途切れる。そこから2ページ近くにわたって「........................」だけが延々と続く。次に文章が再開されたときには、全く文脈が理解できないシーンへと様変わりしていた。あっけにとられている間に、「愛」は終わってしまった。


 3編めの「自習」は、女子のスカートをめくって泣かせた12歳の男子生徒を、女性の教務主任が叱っている場面。ところが主任は、「どうしてあんなことをしたの? あなた、スカートの中が見たかったんでしょ?」と、自分のスカートの中を見るように仕向けてくる。また、本谷さんが触れていた5編めの「可能性」は、主人公が「人はなにができるだろうか?」と自問し、脱いだズボンを火にかけたり、パンツを冷凍庫に入れたりとはちゃめちゃな行動をした挙句、最後には「できることは、小便をたれること、ないしはたんにおしっこする。」と、ひたすらおしっこをするところで終わる。

 予測不可能なエロ・グロ・ナンセンスのオンパレード。まともかなと思ったら最後にぶっ飛ばされるもの、だんだん様子がおかしくなっていくもの、最初からフルスロットルで読者を振り落としていくもの......。何か意図があるのか、それともただ奇をてらっているのか。文章の禍々しいエネルギーに、ひたすら圧倒される。

平和な田舎の話? と思っていたら......

『ロマン』の原題『Роман(ラマン)』は、ロシア語で「小説」の意味。そして「ロマン」は主人公の名前でもある。


 舞台は19世紀末。ロマンは都会で弁護士をしていたが、仕事を辞め、画家になろうと田舎へ帰ってくる。親代わりの叔父・叔母をはじめ、ロマンはさまざまな人に歓迎される。その中にはかつての恋人も。彼女は、ロシアは暗くて退屈な「灰色の世界」だと言い、外国へ行こうと誘う。しかしロマンは「僕はロシアが好きだ」と答え、2人の関係はそのまま解消されてしまう。

 失恋がありつつも、第1部はおおむね楽しく平和で、淡々と終わる。しかし第2部、徐々に物語のボルテージが上がっていく。ロマンは茸採りの最中、狼と取っ組み合いをし、ナイフで殺したが自身も深手を負う。助けてくれた家の娘と恋に落ちるが、娘の父に結婚を反対されロシア式ルーレットをするなど、手に汗握る展開が続く。困難を乗り越えてロマンと娘は結婚を決め、そこからなんと200ページ近くにわたって、大盛況の結婚式の様子が描かれる。

 なかなか終わらない結婚式に「変だな」と感じ始めたが、"モンスター"の筆は止まらない。最後は以下のような文章が延々と続いて終わるのだが、ここに至るまでの展開はぜひ、約800ページを読み切って目撃していただきたい。

ロマンは押した。ロマンは触った。ロマンは這った。ロマンは撫でた。ロマンは舐めた。ロマンは叫んだ。ロマンは泣いた。

 本谷さんの言葉通り、2冊とも「読む人を選ぶ本」だが、刺激的な読書体験をしてみたい人はチャレンジしてみては。小説の固定観念をぶち壊されること請け合いだ。


■ウラジーミル・ソローキンさんプロフィール
1955年、ロシア生まれ。もともとブックデザイナー・画家だったが、1970年代後半からイリヤ・カバコフらのコンセプチュアリズム芸術に関わるようになる。1985年『行列』をパリで発表し作家デビュー。以後、『短編集』(1992)、『ダッハウの一月』(1992)、『ノルマ』(1994)などを次々に発表。実験的かつ過激な作風で、〈現代文学のモンスター〉の異名を取り、最もスキャンダラスな作家として本国でも注目を浴びる。1994年に『ロマン』を刊行した後も、『マリーナの三十番目の恋』(1995)、『青い脂』(1999)、《氷三部作》(2002~05)、『親衛隊士の日』(2006)、『吹雪』(2010)、『テルリア』(2013)、『マナラガ』(2017)、『ドクトル・ガーリン』(2021)、『女性たち』(2022)など、小説・戯曲・映画シナリオなどを旺盛に発表。2010年『氷』でゴーリキー賞受賞。近年ではウクライナ情勢に関する政治的発言でも、大いに注目を集める。


   
  • 書名
  • 監修・編集・著者名ウラジーミル・ソローキン 著
    亀山郁夫 訳
  • 出版社名国書刊行会
  • 出版年月日2023年2月16日
  • 定価2,860円(税込)
  • 判型・ページ数四六変型判・304ページ
  • ISBN9784336074607
  • 備考『ロマン』は望月哲男 訳、ISBNは9784336074614

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