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2度読み必至。2029年→1979年、さかのぼり明かされる「家族の秘密」

あわのまにまに

「『好きな人とずっといっしょにいるために』、あのとき、あの人は何をした?」

 吉川トリコさんの『あわのまにまに』(KADOKAWA)は、2029年から1979年までを10年刻みでさかのぼりながら(逆クロニクル)、ある家族に隠された「秘密」が明かされていく連作短編集。発売前に重版が決定した、いま話題の作品だ。

 はじめに「母」「父」「兄」などの簡潔な人物紹介はあるものの、1人ひとりに訳ありな雰囲気を感じる。とてもひと言で説明できそうもないのだ。この人は何者? この人たち本当はどういう関係? いくつもの「?」が、章を追うごとにクリアになっていく。緻密な構成で2度読み必至。最終章から読み返すとわかりやすい。

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 本作の中心にいるのは、1979年生まれの「いのり」という女性。彼女となんらかの関係がある6人が語り手となる。この前に何があった? この後どうなった? と読者は書かれていないことを想像しながら読み進め、そして衝撃の真実を知らされる。

<ある家族たちの軌跡をたどる全6章>
1 二〇二九年のごみ屋敷
2 二〇一九年のクルーズ船
3 二〇〇九年のロシアンルーレット
4 一九九九年の海の家
5 一九八九年のお葬式
6 一九七九年の子どもたち

うちはふつうとはちがう

 2029年。小学3年生の益子木綿(ましこ・ゆう)は、1枚の写真を眺めていた。いつどこで撮られたもので、写っている人たちはどこのだれなのか、なにもわからない。

 木綿は、パパ(はるちか)とママ(いのり)と兄(シオン)の4人で暮らしていた。春にシオンが家出して、梅雨入り前におばあちゃんが死んで、夏休みにおばあちゃんが住んでいたごみ屋敷の片づけをした。この数ヶ月でいろいろなことがあった。

 おばあちゃんとは数えるほどしか会ったことがない。ママとおばあちゃんはあまり仲のよくない親子だったらしい。10年前にパパと結婚したことで決定的にだめになった。おばあちゃんの家にはおじいちゃんが2人いた......。木綿が知っているのはそんなところで、「あとどれだけの秘密が、この家には眠っているんだろう」と思う。知りたいという好奇心と、知ったらもう元には戻れないという怖さが、木綿の中にある。

 シオンは23歳上の兄。18歳のときに韓国から日本にやってきて、パパと出会って養子になった。おばあちゃんのお通夜にど派手なスーツと真っ赤なルージュできて、彼氏といちゃいちゃしていたシオン。「帰ってきて」とお願いしても、「もう帰らないよ、あの家には」と言う。

「たぶん、ぜんぶがつながってるのだ。シオンの家出、おばあちゃんがパパとママの結婚に反対したこと、(中略)うすうす気づいていた。うちの家族はふつうとはちがう。」

擬態する私たち

 2019年。牧野弥生(まきの・やよい)は、1枚の写真を見ていた。それはディナーの席でたまたま相席になった相手の家族写真だった。

 弥生はジンとクルーズ船の旅に出ていた。長年連れ添った夫婦とよく間違われるが、ジンとの関係はいわゆる「セフレ」からはじまり、つかず離れずの距離を保ったまま30年になる。

 相席になったのは、「いのり」という妊娠中の妻、いのりから「ちかちゃん」と呼ばれている夫、夫の友人で「シオン」という青年。この3人組に、弥生は違和感を覚えた。おっとりして抜けたところのある妻、やさしく理性的な夫、皮肉屋の友人、というパフォーマンスのように見えるのだ。弥生自身、愛想のいいどこにでもいるおばさんのパフォーマンスをしているのだが。

 彼らの話を聞いていると、なんと驚いたことに、新婚旅行に友人がついてきたという。どこか張りつめたような妻の横顔と、妙に親密な夫と友人の様子を、弥生は見くらべた。ある夜、ディナーの席に妻はあらわれなかった。心配じゃないのだろうか......。夫に対してもはや違和感しかなかったが、弥生は「ああ、そうか」と合点がいった。

「彼も私と同じで、擬態してるのだ。平々凡々な一般家庭の夫に見られようとパフォーマンスしてる。本物と見まがうほど精巧に作られた『ふつう』。」

残らなくても、あったもの

 恋愛、結婚、出産、家族、ジェンダー......。本作の登場人物たちは、それぞれの時代で自分の価値観をもとに生き方を選択したのだろう。「家族の秘密」に衝撃を受けたが、それは自分にとっての「ふつう」からはみ出るからで、そもそも「ふつう」ってなに? と問われている気がした。

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 ここでは2029年と2019年を紹介したが、時代をさかのぼるにつれて、ますます濃密な人間関係が繰り広げられていく。最後に、1989年のお葬式のある場面から。

「良き夫であり良き友人であり良き教師であったという証言だけが残り、その他の雑多な生が削(そ)ぎ落とされてゆく。それこそがほんとうの死なのではないか。そう思ったら、なんだかたまらなかった。」

 故人の秘密。生前のドラマチックな出来事。それらが時間とともになかったことのようにされてしまう、という視点が印象深かった。ひょっとして自分の家族にも秘密があった(ある)......? と想像するのも、本作の楽しみの1つかもしれない。


■吉川トリコさんプロフィール
よしかわ・とりこ/1977年静岡県浜松市生まれ、愛知県名古屋市在住。2004年、「ねむりひめ」で<女による女のためのR-18文学賞>第3回大賞および読者賞を受賞、同作収録の『しゃぼん』でデビュー。著書に『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『女優の娘』『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』、「マリー・アントワネットの日記」シリーズなど多数。22年、『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。エッセイでは、『おんなのじかん』所収の「流産あるあるすごく言いたい」で第1回PEPジャーナリズム大賞2021オピニオン部門を受賞。


※画像提供:KADOKAWA



 


  • 書名 あわのまにまに
  • 監修・編集・著者名吉川 トリコ 著
  • 出版社名KADOKAWA
  • 出版年月日2023年2月22日
  • 定価1,870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・320ページ
  • ISBN9784041121566

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