表紙の写真が強烈だ。1人の兵士が戦場で狙撃され、膝を屈して崩れ落ちている――本書『沙飛:〈中国のキャパ〉と呼ばれた戦場写真の先駆者』(平凡社)は、この兵士を撮影した中国の写真家、沙飛(1912~1950)についての評伝だ。
この写真が撮影されたのは、1940年冬、中国・山西省。抗日戦争のさなかだった。撃ったのは日本軍。膝を屈して崩れ落ちるのは中国共産党の八路軍の兵士だ。
この少し前の1936年、ハンガリー生まれの写真家、ロバート・キャパ(1913~54)はスペイン内戦ですでに「崩れ落ちる兵士」の写真を撮り、一躍有名になっていた。
しかし、同じような写真を撮った沙飛は、現在のところ、「忘れられた写真家」となっている。
本書は中国問題について詳しいジャーナリスト、加藤千洋さんが、改めて沙飛の人生を丹念にたどり、関係者に再取材して、知られざるエピソードなどを掘り起こしたものだ。
実際のところ、加藤さんも、10数年前まで沙飛の名前を知らなかった。日本で独自に彼のことを調べている市井の研究者から初めてその名を聞いて、数奇な人生に関心を持ったという。
実は、沙飛は戦後、精神に変調をきたし、河北省の病院に入院していた。そこで、戦後も中国にとどまり、現地で医療活動を続けていた日本人医師を発作的に射殺した。国共内戦で共産党の勝利が確定的となり、北京では中華人民共和国の建国が高らかに宣言されていた時期だった。
沙飛は、新しい国造りのために共に働く「国際友人」を殺害したとして軍法会議にかけられ、銃殺刑に。共産党員としての「党籍」も、八路軍と解放軍の一員だったという「軍籍」も奪われた。一切の経歴と名誉をはく奪されたのだ。
したがって、彼が過去に撮影していた多くの貴重な写真からは「撮影者・沙飛」の名前が消し去られ、写真だけが残っていた。
加藤さんは、撮影者の名前はないが、中国現代史に残るようないくつかの写真には見覚えがあった。そこで、改めて、沙飛の数奇な人生を振り返ることにした、というのが本書のきっかけだ。
加藤さんは朝日新聞の記者時代に特派員として何度も中国で勤務し、国際報道に貢献した報道人に贈られるボーン・上田記念国際記者賞なども受賞している。鄧小平死去のスクープでも知られる。
本書では、現役の記者時代と同じように、沙飛が撮影した写真の現場に足を運び、関係者に話を聞き、なぜ彼がそのような写真を撮ったか、その写真が現代の私たちに何を訴え、語りかけてくるのかを問い直す。
エピソードをいくつか紹介しよう――。
・沙飛の次女と、殺された日本人医師の長女は時を経て2015年になって面会が実現し、握手を交わした。
・沙飛の代表作のひとつに「将軍と日本人幼女」がある。八路軍の将軍と、抗日戦の戦乱の中で八路軍側に救出された日本人孤児、4歳の幼女が一緒に写っている。将軍は人を介してこの幼女を日本軍に送り返した。受け取った日本軍の司令官からは、これまた人づてに丁寧な礼状が届いた。幼女は日本に帰国。その後、この将軍は中国軍の元帥となって引退。日中国交正常化後の1980年、二人は北京で再会を果たした――。
日中戦争は、日本と中国を引き裂いたが、戦後の国交正常化が両国や関係者を融和に導いたことがわかる。 もちろん著者は、「国と国の間でも、人と人の間でも、『謝罪』『和解』の言葉や握手があっても、それで過去のすべてを消し去れるかというと、必ずしもそうではないのだ」と書くことも忘れない。
本書はこのように、「沙飛」という「忘れられた写真家」の実像を軸に、関係した人々の後日談をリポートすることで、激動の中国の現代史を振り返る。日中戦争史に、日中双方の「個人史」が巧みに織り込まれ、そのままテレビのドキュメンタリー番組になるような理解しやすい構成になっている。
J-CASTでは、日中戦争に関わる貴重な本をいくつか紹介済みだ。
『この生あるは』(幼学堂刊、亜東書店発行)は、「中国残留孤児」として旧満州からたった一人で日本に戻り、のちに中国語通訳として日中交流に尽力してきた中島幼八さんの自伝だ。中島さんは中国語版の『何有此生』も同時に出版している。元残留孤児が自伝を出すのは珍しく、日中両国で出版するのは初めてという。
『撫順戦犯管理所長の回想』(桐書房)は戦後、多くの日本人戦犯が収容されていた撫順・日本人戦犯管理所で、所長を務めていた金源さんの回顧録だ。
中国で、日本人戦犯を収容した管理所の所長と聞けば、誰しも生粋の中国人だと思うだろう。ところが金源さんは、朝鮮人。1926年、現在の韓国慶尚北道で生まれた。戦前、中国東北部にいたころには、日本軍に召集されたこともある。45年の日本降伏後、4年にわたる中国の内戦が東北地方から始まり、朝鮮への帰国の道が断たれて、今度は中国で軍人に。日本語ができるということで50年から撫順戦犯管理所で管理教育科長や所長を歴任した。
20世紀の朝鮮半島・中国・日本を揺るがした政治の大渦の中に投げ込まれ、三つの国の現代史を体験した波乱万丈の人生がつづられている。
写真関係では、『秘蔵写真200枚でたどるアジア・太平洋戦争――東方社が写した日本と大東亜共栄圏』(みずき書林)が貴重だ。陸軍参謀本部傘下の宣伝機関、東北社に集まった敏腕写真家、木村伊兵衛や濱谷浩らが撮り残した日中戦争などの写真集だ。
『中国共産党と人民解放軍』 (朝日新書)は中国共産党と人民解放軍の100年史、『傀儡政権――日中戦争、対日協力政権史』 (角川新書)は、日本が中国につくった多数の「傀儡政権」全般について論じている。
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