「彼女たちはいわゆる『成功者』ではないので、これは立身出世の物語を集めた本ではない」――。
コラムニスト・山崎まどかさんの『真似のできない女たち 21人の最低で最高の人生』(ちくま文庫)は、日本ではまだそれほど知られていない、「普通では考えられないような人生をおくった不思議な女性たち」を紹介した1冊。
太平洋戦争後、1940年代から70年代にかけてアメリカで活動した女性たちが主に登場する。華々しく活躍したにもかかわらず長く忘れ去られていたり、21世紀に入ってようやくその仕事が評価されたり......。本国でもようやく見出されたばかり、という人がほとんど。
「この本に登場するのは、自分の夢や、ささやかなビジョンを叶えるために奮闘し、周囲や家族と軋轢を生じることになっても、頑固に自分だけの世界を守り続けた女性たちだ。その結果、壊れてしまう人もいる。信じられないような、数奇な運命に翻弄される人もいる。しかし、彼女たちの人生の物語は悲惨であるのと同時に何故か輝かしく、成功者の裏話よりも胸を打つ」
シンガー、ダンサー、女優、作家、修道女、デザイナー、ピアニスト......。目次には21人の名前と職業が並び、そこにコピーがついている。なにやら面白そうなにおいがして、名前を知らなくても興味をそそられる。ここでは2人紹介しよう。
1人目は、「『ニューヨーカー』の孤独なコラムニスト メーヴ・ブレナン」。彼女は『ティファニーで朝食を』のヒロインのモデルの1人と考えられているという。
「ずっと編集部のトイレに棲みついている頭のおかしな老女がいるらしい」――。1980年代、メーヴが「ニューヨーカー」編集部を去ってから10年以上経っていたが、彼女の存在はホラーじみた都市伝説となっていた。
メーヴ・ブレナンは、1917年にアイルランドで生まれた。17歳で渡米し、やがて「ニューヨーカー」誌を代表するライターに。男性スタッフが多数を占める1950年代の「ニューヨーカー」編集部で、メーヴの存在は際立っていた。
「エレガントな孤高の人だった」というメーヴ。細身の身体にぴったりと仕立てた黒いドレスを着て、ハイヒールを履き、襟には赤いバラかカーネーションを飾っていて......。
「アイルランド人らしく滅法お酒に強く、辛辣で小柄なこの美女に恋をしていた編集部の男性も少なくない。(中略)付き合う男性や噂になった相手はみんな既婚者だった。彼女にはどこか人を寄せつけない風情があった」
「メーヴは我々の仲間ではなかった。彼女の仲間は彼女だけだったんだ」と、元同僚は言う。結婚、離婚、莫大な借金、肉親の死。しだいに孤独に蝕まれ、メーヴの奇行が目立ち始める。なぜ「エレガントな孤高の人」は、「トイレに棲みついている頭のおかしな老女」と語られるようになったのか――。
2人目は、「悪魔に魂を売った作家 メアリー・マクレーン」。彼女は近年注目が高まっているという。
1901年、シカゴの出版社に手書きの原稿の束が送られてきた。差出人は19歳のメアリー・マクレーン。こんな奇妙なものは読んだことがないと、編集者は頭を抱えた。そこに書かれていたのは、「作者の心に渦巻く願望、そして有名になりたい、世に出たいという渇望」だった。
メアリー・マクレーンは、1881年にカナダで生まれた。抗争を逃れて渡米。やがて彼女の中に、「マグマのような熱情」が。「天才であるはずの自分は地元で燻っている。自分の存在を全世界に知らせたい。この才能はそれに値する」と考え、怒りに燃えてペンを取った。
「喉から手が出るほど名声が欲しい、でもそれ以上に幸せになりたい。一年でも、一日でもいいから幸福を味わえるなら、悪魔にこの身を売り渡してもいい。だから悪魔よ、今すぐここにやって来い!」
メアリーの手記は『悪魔の到来を待って』という本になり、彼女の名前は世界に轟いた。両性愛者だと公言し、同性に対する狂おしい恋心も綴っている。それにしても、なぜ無名の少女の手記がそこまで話題になったのか。著者はこう見ている。
「ナルシスティックなまでの自己評価、周囲の人々に対する軽蔑、自分の居場所がない社会への不満と呪詛を綴った文章は、今ではインターネットの至るところに散見されるものだからだ。しかし、二十世紀の初めのアメリカにおいてメアリーのような少女は社会的に"見えない"存在だった。(中略)メアリーは声なき人々のための代弁者となったのだ」
しかし、異常なまでの人気は続かなかった。承認欲求の塊だったメアリーは謎の死を遂げ、その後、長く忘れ去られていたが――。
「風変わりな女性たちではあるが、彼女たちの人生を追っていくと、今にも通ずる、女性の普遍的なテーマに行き当たる。母親との関係。女性が一人で仕事をしていくことの難しさ。独身者の孤独。世間から承認されたいという切なる願い。彼女たちはひょっとしたら、平穏な人生を歩んでいるように見える私たちの鏡像なのかもしれない」
誰もが知っている人物ではない、という著者の目のつけどころがいい。型破りなエピソードが出てくる出てくる......。名前すら知らなかったのに、こんなにもドラマティックな生き方をした女性たちがいたのか! と、驚きと興奮で読み進めた。
■本書に登場する21人
グレイ・ガーデンズの囚われ人 イディ・ブーヴィエ・ビール
寂しがりやの人形絵本作家 デア・ライト
ジーグフェルド最後の舞姫 ドリス・イートン・トラヴィス
路上で死んだフォーク・シンガー カレン・ダルトン
テレビスターになった料理研究家 ジュリア・チャイルド
嘘つきなテキスタイル・デザイナー フローレンス・ブロードハースト
「ニューヨーカー」の孤独なコラムニスト メーヴ・ブレナン
アーティストたちを虜にした美神 キャロライン・ブラックウッド
ハーレムの天才少女ピアニスト フィリッパ・スカイラー
カリスマ主婦デザイナー ドロシー・ドレイパー
ロック評論界のビッグ・ママ リリアン・ロクソン
ロータスランドの女王 ガナ・ワルスカ
ポップ・アートな修道女 コリータ・ケント
アフリカ系女性初のコミック作家 ジャッキー・オーメス
シャングリラを夢見たミリオネア ドリス・デューク
名声だけを求めたベストセラー作家 ジャクリーン・スザン
ソフトコア・ポルノ映画の女性監督 ドリス・ウィッシュマン
バーレスク最後の女王 キャンディ・バー
消えたフォーク・シンガー コニー・コンバース
「ドラゴン・レディ」と呼ばれた女優 アンナ・メイ・ウォン
悪魔に魂を売った作家 メアリー・マクレーン
本書は、2011年にアスペクトより刊行された単行本『イノセント・ガールズ 20人の最低で最高の人生』に、各章の大幅な増補と書き下ろしを加えた完全版。
■山崎まどかさんプロフィール
コラムニスト。著書に『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)、『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)、『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷』(共にDU BOOKS)、『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)、B・J・ノヴァク『愛を返品した男』、サリー・ルーニー『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(共に早川書房)など多数。
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