「映画に夢を見て、映画に魔法をかけて、私たちは生きていく」
2019年本屋大賞第3位、第160回直木賞候補に選ばれた、第二次世界大戦直後のドイツを舞台にした歴史ミステリ『ベルリンは晴れているか』の著者・深緑野分(ふかみどり のわき)さん。
最新長篇『スタッフロール』(文藝春秋)は、深緑さんが驚異的な取材力と溢れんばかりの映画愛で紡ぐ「渾身の人間賛歌」。
物語の舞台は、戦後のアメリカと現代のイギリス。主人公は、特殊造形師とCGクリエイターの2人の女性。アナログからデジタルへ時代が移り変わる様子とともに、モノづくりをする人間に共通する内面の葛藤や情熱を、じつに丹念に描いている。
「アナログを愛する者も、デジタルを愛する者も、楽しませる作品であればいい」――。
戦後ハリウッドの映画界でもがき、爪痕を残そうと奮闘した特殊造形師・マチルダ。脚光を浴びながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する、現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン。CGの嵐が吹き荒れるなか、映画に魅せられた2人の魂が、時をこえて共鳴する。
「ハリウッドは夢の製造工場だよ。あそこでは、どんなことでも現実になる」――。
第1部の主人公・マチルダは1946年生まれ。父の友人の脚本家に影響を受け、幼い頃から映画、とりわけ特殊造形に魅了されていた。20歳になると、大学の寮を飛び出し、ニューヨークへ向かった。特殊造形を学ぶため、工房に弟子入りする。
ブロードウェイの小道具やメイキャップ用の顔、テレビ番組で使うキャラクターの型取り作業をこなしながら、一人前に成長したマチルダ。しかし、どれだけ苦労してもスタッフロールに名前は載らず、認められないことがつらくなっていく。
「映画史に名を刻む人と、スタッフロールに一度たりともクレジットされたことのない自分。歴然とした力の差はわかっている。上を見ればきりがなく、夢の仕事につけただけでも幸せを感じるべきなのかもしれない。それでもマチルダは悔しくて仕方がなかった」
それでも、やはり、自分の生きる場所はそこにしかない。そして特殊造形には未来がある。映画はますます面白く、豊かになっていく......とマチルダは信じていた。しかし、そこに来て台頭してきたコンピュータ・グラフィックスはあまりに衝撃的だった。
「恐ろしくて仕方がない。あれがもっと進化したら、どんなことが起きる? 何十年もかけてきた特殊造形を、CGが粉々に壊す様しか見えない」
時を経て、2017年のロンドン。第2部の主人公・ヴィヴィアンは30歳のCGクリエイター。彼女が生まれる前に公開された実写映画がリメイクされることになり、そこに登場する特殊造形物のキャラクターをCG化する仕事が舞い込んだ。
当時、その特殊造形を担当したのがマチルダだった。彼女は今では「伝説の特殊造形師」と呼ばれている。伝説の特殊造形物のCG化。マチルダがCGを嫌っていたこともあり、ヴィヴィアンはプレッシャーを感じていた。
有名な特殊造形師はここ十数年で激減。彼らはCGに仕事を奪われたり、裏舞台へ追い込まれたりした。ところが、実際は......。
「アナログ――すなわち物理的に手作りされたものは、誰もが喜び感心する。(中略)でもデジタル、コンピュータを使ったものは、つねに批判の的だ。(中略)CGアーティストはまるでマッドサイエンティストみたいな扱いをされる」
特殊造形師のマチルダは、特殊造形の未来に絶望した。CGアーティストのヴィヴィアンもまた、自信を持てずにいた。時代も技術も異なるが、2人の心境には通じるものがある。
「スタッフロール」とは、映画のエンディングに流れるスタッフの名前の一覧のこと。クリエイターにとって、どんな意味を持つのか。「私たちが確かにいたことの証」と、ヴィヴィアンは感じている。
「自分が確かにその作品に関わったのだという証拠だった。見落とされていない、忘れられていないと思える対価だった。"自信"にどんよりと垂れ込む雲を、ひとつ残らず晴らす風だった」
時代の変化、ライバルの出現、周りの評価......。自分がこれまでやってきたことがちっぽけに思えたり、不安になったりする引き金は、わりとあちこちにある。ひたむきにやってきた分、重くなる嫉妬や苦悩。マチルダとヴィヴィアンの気持ちが手にとるようにわかる、という読者も多いだろう。それでも......。
「どこまでも日々は続いて、その都度できる限りの、今の自分に出せる本気の仕事をする」
まさに。シンプルながら、この一文が刺さった。
全国の書店員からは、「理想を追うということはこんなにも人を追いつめてしまうのか」「命を燃やすとはこういうことだ、と思った」「夢中になって読み耽りました」「5つ星の面白さ」「読む映画体験でした!」など、絶賛の声が寄せられている。
■深緑野分さんプロフィール
1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」でミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年に入選作を表題作とした短編集でデビュー。15年刊行の『戦場のコックたち』で直木賞候補、本屋大賞ノミネート。18年刊行の『ベルリンは晴れているか』はTwitter文学賞国内編第1位、本屋大賞ノミネート、直木賞候補となるなど大きな話題に。20年刊行の『この本を盗む者は』でも本屋大賞にノミネートされた。
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