「どうやら浦嶋伝説にはウラがあるらしい。わたしはそれをただ表面から眺めていただけだったようだ」
日本の昔話の中でも、桃太郎と並ぶ知名度を誇る「浦島太郎」は、よく考えると奇妙な話である。
昔々、あるところで、いじめられている亀を助けた男が、「恩返しに」と竜宮城に連れて行ってもらう。しかし、そこから陸地へ帰ってみると、数百年が過ぎていて、知っている人は誰もいなくなってしまった。嘆きながら、土産として貰った玉手箱を開けると、男はおじいさんになってしまったのだった......。
動物に優しくすると報われる動物愛護の話にしては、男は酷い目にあっている。開けてはいけないものを開けてしまった話と考えると、前半部分が必要ない。
これは、いったいどういう経緯で、何を伝えるために作られた話なのだろうか? 『仮面をとった浦島太郎』の著者で探検家の髙橋大輔さんは、この謎を鮮やかに解き明かしている。髙橋さんによれば、なんと、浦島伝説は架空の話ではなく、浦島太郎も実在したというのだ。
本書冒頭で、髙橋さんは「解くべき浦嶋伝説の不思議」を七つ挙げている。
1 「昔々」とはいつをさすか
2 「あるところ」とはどこか
3 カメが出てくる意味とは
4 訪れた楽園はどこか
5 玉手箱を開け、どうして老人になるのか
6 なぜ浦嶋伝説は二系統のルーツがあり、合流したのか
7 浦嶋子とは何者か
「昔々」っていつ? 「あるところ」ってどこ? このような問いを見ると、いや、昔話の設定にそこまで真剣にならなくても......作ってる側もそこまで考えてないのでは? と思ってしまいそうになる。
しかし、髙橋さんが「いつ・どこ」にこだわるのには理由がある。実は、「浦島太郎」は、『日本書紀』や『風土記』といった当時の公文書に記述が残っている由緒正しい昔話であり、その記述を見ると、起こった場所も起こった時間もほぼ特定されている。具体的に言えば、西暦468年、京都府北部だ。
さらに、その記述には不思議な点がある。当時の古文書に残っている「浦嶋伝説」では、まず主人公の名前は「浦島太郎」ではないし、竜宮城も出てこないし、ラストにおじいさんにもならないのである!
わたしたちの知っている「浦島太郎」は、かつて日本に存在した「浦嶋伝説」とは完全に別物になってしまっているのだ。
この事態に驚き、背後に潜む何かを見出した髙橋さんは、ひとり、全国規模での調査を開始する。
「浦嶋伝説」の舞台とされる京都府北部はもちろん、竜宮城と関連するという三重県の伊勢神宮、大阪府の住吉大社、沖縄、似たような伝説のある九州など、日本中を探しまわった。
探索先は日本だけではない。海外からの影響を調べるため、韓国系日本人に「浦嶋伝説」の解読不能部分を韓国語で調べてもらったり、中国の立ち入り禁止の遺跡に潜り込んだりしている。
特に情熱的なのは、カメに対する調査だ。髙橋さんは、当時京都北部にいたカメの種類を調べるため、遺跡に残された骨の中からカメっぽいものを手作業で探し、それを生物学者に渡して調べてもらう。さらに、カメの回遊ルートを調べるため、生きているウミガメに発信機を取り付けて、人工衛星経由で行動をウォッチする......といったことまでしているのだ。
熱心な調査を経て、本書では浦島太郎に関するさまざまな謎を解き明かしていく。
なぜ「浦嶋伝説」は「浦島太郎」という名前になったのか。なぜ浦島太郎は最後おじいちゃんになるのか。助ける相手はなぜカメなのか。竜宮城とはどこを指すのか。なぜ、年号や場所が特定されているのか──。
このような謎解きの意味を、髙橋さんはこう語る。
神話や伝説、昔話は何のためにあるのか――。
これまでわたしは「物語を旅する」という旗標のもと、架空の話に潜むリアリティを追いかけてきた。 物語を生み出した現実の種を探り当てることで、話につけられた尾鰭ばかりか、語り継いできた人々の意志を浮き彫りにできる。自ずとそこに存在意義も見えてくる。
昔話が語り継がれる中には、必ず何がしかの意志が存在する。そこには、勝者が作る公式の歴史には残らない何かがあるかもしれない。当時の日本なら、大和朝廷に敗北した人々の声が、そこにはあるかもしれないのだ。
そして本書終盤。髙橋さんは、「浦嶋伝説」の背後に、かつて京都北部にあったという、ある「失われた王国」の存在を見出し、浦島太郎の正体を突き止める。そこに残されていた意志は、どんなものだったのか──?
「昔むかし......」に端を発する、壮大な歴史のストーリー。
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