あなたは学生時代、学校へ行くのが当たり前だと思って通っていただろうか。「どうして行かなきゃいけないんだろう」と疑問を感じながら通っていただろうか。登校したふりをして、河原で時間を潰していただろうか。
誰もが「学校」を経験して大人になる。しかし、学校はいったい何のためにあるのか、私たちはなぜ学校に行くのか、説明できる人は多くないだろう。「学校」とは何なのか、一度考えてみるのはどうだろうか?
『学校はなぜ退屈でなぜ大切なのか』(筑摩書房)は、教育学者の広田照幸さんが、「教育とは?」「学校の目的は?」「学校のシステムにはどんな問題がある?」など、さまざまな視点から「学校」というものを考察する一冊だ。今回は本書のなかから、「学校の勉強よりも経験からの学びのほうが大事なのか?」について考えてみよう。
「学校で教わることは、社会に出てから使わないのでは?」「学校よりも経験から学ぶほうがいいのではないか」そう考えたことがある人もいるだろう。本当に、学校の勉強よりも経験からの学びのほうが大事なのだろうか?
私たちは生活のなかで、家族や友人とのコミュニケーションを通じて人付き合いの方法を学ぶし、お手伝いやボランティア、大人になれば仕事をしながら、実際に自分でやったことや周りの先輩の姿から「こうすればいいんだな」という学びを得る。「経験から学ぶ」ことは、確かに人生で重要だと言える。
しかし、だからといって「学校の勉強は要らない」かどうかは別問題だ。では、学校の勉強は経験からの学びとどんな違いがあるのだろうか。
かつて、子どもが家業を継ぐのが当たり前だった時代は、親や近所の人とコミュニケーションをとったり、家の仕事を手伝ったりして、経験から学ぶだけで一人前の大人になれた。ところが、社会が発展して複雑になり、子どもが親とは違う生き方をするようになると、親の背中を見て学ぶだけでは不十分になる。八百屋の子どもが八百屋を継ぐなら、店を手伝って野菜や商売の知識をつければよかったが、理髪師になるかもしれない、銀行員になるかもしれない、営業マンになるかもしれない......となると、八百屋を手伝って身につける知識だけではとうてい足りない。
そこで、学校では「子どもの日常生活を超えた知」を教える。学校で教えられる知は、生活のなかで経験する具体的な知(お米はこう炊くと美味しい、お得意さんにはこんなふうに接すると気に入られる......など)とは違い、言葉や記号を使って抽象化された知だ。夏、冷たい水を入れたコップの表面に水滴がつくのを、学校では「水蒸気が冷やされて水になります。気体が液体になるのを、凝縮と言います」と教わる。子どもたちが目で見る具体的な水滴が、教科書のなかでは抽象的な「凝縮」という言葉で説明されている。
だからこそ、学校の勉強は子どもにとってなじみにくい。凝縮はまだ身近なほうで、たとえば「水酸化バリウムと硫酸を混ぜる実験」となると、子どもたちは水酸化バリウムも硫酸も身の回りで見たこともないのに、なぜこんな実験をやらされているのだろう......? と思ってしまう。だから、学校の勉強はつまらないのだ。
しかし、だからといって水酸化バリウムと硫酸について学ぶ必要がないというわけではない。学校がなければ、子どもは身の回りの狭い範囲のことしか知ることができない。学校は、この世界まるごとについての知を教える。学校が子どもに、世界の歴史や世界の物理法則、世界の地理地形、数字で説明される世界のかたち、まだ見ぬ世界を言い表す言葉を教えてくれる。学校は、子どもたちが広い世界に羽ばたく可能性を与えてくれるのだ。
そうやって学校で学んだ知識のなかには、実生活では使わないものもあるだろう。水酸化バリウムと硫酸には、学校を卒業したら一生再会しないかもしれない。それでも、ニュースを見て理解し、自分なりに政治を考えて投票に行く。保険や行政の事業などを比較検討し、自分に必要なものを選んで申し込む。地元の都市開発についての議論に参加する。こういったことができるのは、学校の教育を受けているからだ。学校の知識を全く使わないということは、ない。それに、もし将来研究者になれば、水酸化バリウムと硫酸にも再会するかもしれない。
学校は経験だけでは学べないことを教えてくれるだけでなく、経験の質も上げてくれる。たとえば旅行で海外の建造物を見に行ったとき、学校の知識がなければ、「古い、大きい、なんかすごい」くらいの感想しか抱けないだろう。学校で歴史を学んでおくと、「この建造物がつくられたのにはこういう背景があるんだよね」「ここにあの偉人がいたのか......」と、解像度の高い経験ができる。このように、学校の知識があるから学びが深くなるという場面は、仕事や人間関係でも多々あるだろう。学校の勉強は、社会に出て役に立たないわけではない。
学校がなぜ退屈でなぜ大切なのか、その答えが少しわかっただろうか。本書ではほかにも、教育基本法や道徳教育からAIまで、さまざまな視点から「学校」というものを考えている。学校が好きだった人もそうでない人も、かつて学校にいたすべての人に読んでほしい一冊だ。
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