「ガラスの仮面」に「生徒諸君」、「ときめきトゥナイト」......。かつて夢中で読み耽ったあの漫画は、いったいどんな環境で生み出されたのだろう? 子どものころは、「きっと乙女チックな部屋なんだろうな」と想像していたが、実態はかなり様子が違っていたらしい。
『少女漫画家「家」の履歴書』(文藝春秋)は、少女漫画の黄金期、1970年代までにデビューした漫画家たちの「家」に着目した1冊だ。
本書では、美内すずえさんや庄司陽子さん、有吉京子さんら少女漫画史に名を残す漫画家たちが、家族や仲間たちと過ごした私的な空間について、彼女たちの原体験とともに語っている。
掲載されているのは、下記の12人の少女漫画家たちだ。
・水野英子...赤塚不二夫、石ノ森章太郎と過ごしたトキワ荘と、『ファイヤー!』が私の青春
・青池保子...「結婚せず仕事を」。『エロイカより愛をこめて』で覚悟を決めて購入したマンション
・一条ゆかり...まるで『砂の城』のヒロイン。自ら設計した吹き抜けと煉瓦の台所のある家
・美内すずえ...『ガラスの仮面』のような「劇団」体験をした、女ばかりのカンヅメ旅館
・庄司陽子...デッサンの基礎を養ってくれた母のために作った『生徒諸君!』御殿
・山岸凉子...鬼門に玄関が......"奇妙なこと"が続く国分寺の家で描いた『日出処の天子』
・木原敏江...『摩利と新吾』から命名。蓼科の「縞りんご荘」の自然が生んだ数々の名作
・有吉京子...『SWAN―白鳥―』を四十年以上描き続ける体力を培った築二百年の古民家と金峰山
・くらもちふさこ...描けば描くほど元気に......母の故郷を描いた『天然コケッコー』で克服した病
・魔夜峰央...『翔んで埼玉』の所沢、パタリロ的諧謔とバンコラン的美意識を宿した横浜の家
・池野恋...幼い頃から多世代同居。「見守られている安心感」が生んだ『ときめきトゥナイト』
・いくえみ綾...『潔く柔く』執筆中の父の死。気分転換で作ったイングリッシュガーデン
今回はこの中から、美内すずえさんと庄司陽子さんのエピソードを順に紹介しよう。
言わずと知れた少女漫画の金字塔『ガラスの仮面』(白泉社)を、現在も連載中の美内さん。漫画家としてデビューしたのは1967年、高校2年生のときだ。その後、高校卒業と同時に上京し、27歳頃までの9年ほどを東京・神保町の旅館でカンヅメになって過ごした。中でも美内さんにとって思い出深いのが、約7年間を過ごした「錦友館」だという。
玄関から上がると3畳のスペース、その奥には12畳の大きな和室。多くの漫画家がここに詰め込まれ、執筆作業に没頭したそうだ。
「女の子ばっかりでわいわいがやがや、合宿ノリでやっていたので、締め切りは辛かったけれどすごく面白かった。私は実際に演劇をやった経験はないんですが、錦友館で過ごした時間は、ある種の『劇団』体験だったんじゃないかと思います」
手塚治虫さんや赤塚不二夫さんらが若い頃に住んでいたアパート「トキワ荘」のように、漫画家どうしで生活空間を共にし、切磋琢磨しあうというのは、一流作家を生み出す条件なのかもしれない。
代表作『生徒諸君!』(講談社)をはじめ、数多のヒット作をもつ庄司陽子さんは、漫画家の待遇の改善に大きく寄与した1人と言っていいだろう。
「私に後世への功績があるとすれば、二十代前半から編集部と戦い続けて、原稿料を数倍、専属料を数十倍に上げたこと。才能はあるのにおカネが続かなくて漫画家をやめた子たちのことが、まるで自分のことのように悔しくてたまらなかったんです」
そんな庄司さんは、25歳で目黒に4LDKの新築マンションを購入。その後、1977年からの約10年間には「少女漫画バブル」も経験した。
「極端な話、連載を持った人はみんな、コミックスの印税で家が建てられました」
30歳のときには、横浜・大場町に7L2DKの一軒家を建てた。「『生徒諸君!』御殿」である。
母を引き取ってここで20年を一緒に過ごし、看取った3年後に売却。現在は、中古で購入した自宅で3人のアシスタントと、愛犬たちと漫画を描き続けている。
誰の目にも輝かしい漫画家人生を歩んできた庄司さんだが、その道のりは生半可なものではなかったようだ。本書では、次のように心情を吐露して締めくくっている。
「下りのエスカレーターを駆け登っていく気持ちで五十年以上、漫画を描き続けてきました」
「もし生まれ変わるとしたら、もう一度漫画家には......しんどすぎてなりたくないかなぁ」
環境は大きく違えど、カンヅメ旅館の雑魚寝部屋にも、7LDKの大御殿にも、少女たちにときめきを届け続けた漫画家たちの、空想や妄想があふれんばかりに詰まっていたに違いない。
今月7日に、「忍者ハットリくん」や「笑うせぇるすまん」など、数々の名作を生んだ藤子不二雄Aさんが88歳で亡くなった。藤子さんもかつてトキワ荘で過ごした一人だ。男ばかりのアパートに紅一点、住んでいた水野英子さんは本書で「トキワ荘で暮らした七カ月は大切な私の宝物です」と語っている。「上京したての女の子がこんなところに住んでたの?」と驚くカオスな熱気が伝わってくる間取り図や、当時の貴重なエピソードも。興味のある方は、ぜひ本書を手に取ってほしい。
文・犬飼あゆむ/ライター
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