付き合っている彼が、ほかの女性と2人きりで食事に行ったら、あなたなら「浮気だ!」と怒るだろうか。それとも、「食事くらいなら全然OK」と思うだろうか。「浮気とまではいかないけれど......」とモヤモヤするかもしれない。では、男女が「一線を超える」と言う時の「一線」は、どこにあるのだろうか。
そんな身のまわり=半径3メートルの中にあふれる些細なモヤモヤに、ちょっと変わった視点から答えてくれるのが、オギリマサホさんの『半径3メートルの倫理』(産業編集センター)だ。
高校で倫理を教えながらイラストレーターとしても活躍しているオギリマサホさん。本書では、誰もが抱きうる20の疑問・お悩みに、古今東西の哲学者の見識や言葉を引用しながら回答している。
BOOKウォッチでは、4つのお悩みを抜粋してご紹介! ウイットに富んだ回答もさることながら、イラストもシュールで味がある。あなたのモヤモヤも晴れるかも......?
前回は、「言うことがコロコロと変わる上司に困っている」というお悩みを取り上げた。今回は、ある女性からの「一線を超えるの一線は、どうして人によって感覚が違うのですか?」という質問について、中国戦国時代の思想家、荘子の言葉をもとに考える。
相談者は28歳。長年付き合っている彼の様子がおかしいことに気付き、問い詰めると会社の後輩の女性と2人きりで食事に行ったことを白状したという。「それってどうなの?」と詰め寄ると、「いいだろ! 一線は超えてないんだから!」と逆ギレ。
相談者にしてみれば、決まった相手がいるのに異性と食事に行く時点で「一線を超えた=浮気」だが、友人の中には「ABCでいうところのCが一線」という人も。つまり、キスをしても「一線」は超えていない、ということになる。
「一線を超えるか超えないかの境界線のことを考え始めたら、モヤモヤして夜も眠れなくなってしまいました。境界線っていったい、どこにあるんでしょう?」
(以下、本文より)
「一線」を辞書で引くと、「そのものを、他と区別する一本の線」(『新明解国語辞典 第三版』)と書かれていますが、あなたが知りたいのは、そのような字義通りの意味ではないですよね。恋愛関係においてどの行為からを浮気とみなすか、その境界線についてでしょう。もし結婚している2人であれば、その境界線は民法第770条に「不貞行為」として明確に規定されています。不貞行為とは、具体的には「配偶者ある者が、自由な意思にもとづいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと」(昭和48年11月15日最高裁判決)と定義されています。あなたのお友達の言う通り、「ABCでいうところのC」に該当する行為です。逆に言えば、それ以前の行為については「不貞行為」とは見なされにくい、ということになります。
でも、あなたは恐らくその結論では納得がいかないでしょう。「彼が別の女性とご飯を食べに行った」という、その事実にあなた自身が引っ掛かっているからです。結婚情報誌『ゼクシィ』が男女別に行ったアンケートによれば(「あなたの『一線を超える』の定義は何?」https://zexy.net/contents/lovenews/article.php?d=20180314 )、あなたの彼がやった「異性と2人きりで会う」という行為については、男女ともに10%の人が「一線を超えた」と考えるという結果が出ています。しかし逆に言えば残り90%は「それを一線とは考えていない」という訳で、あなたの彼はこの多数派に属するのでしょう。これは考え方の違いとしか言いようがなく、あなたのモヤモヤを解決しようとするならば「私が一線を超えたと思ってんだから超えてんだよ!このすっとこどっこい!」と逆ギレ返しをするより他はなさそうです。
それにしても、あなたが「一線という境界線」が厳然としてある、と思い込んでいることの方が気にかかります。果たしてそのような「境界線」は存在するのでしょうか。古代中国・戦国時代中期の人とされる荘子(荘周)は、われわれ人間がおこなう善悪や美醜、賢愚などの価値判断を、狭い立場から生み出された相対的なものに過ぎないと否定します。人々が絶世の美女ともてはやす女性も、魚や鳥、鹿などから見れば「自らの身を脅かす恐ろしい存在」としか映らないとするのです。また人間同士の議論であっても、「真に正しいこと」がないからこそ議論の対立が起こるのであって、そうした対立は「気まぐれな主観から生じたもの」に過ぎないと断じます。つまり、あなたの考える「一線」は、あなた個人の狭い主観から生み出され、勝手に引かれたものであり、本当はそんな境界線など存在しないと荘子は考えるのです。このように様々なものを区別する価値判断から自由になることができれば、人間はもっと大らかな境地の中で生きることができる、と荘子は説きます。
今後、もし彼が別の女性と何かあったことが発覚した場合には「この状況、魚だったらどう考えるかな?」と考えてみることで、恐らくどうでもいい気持ちになることでしょう。しかし魚目線から見てみれば、そんな彼との付き合い自体がどうでもよく見えてしまうかも知れませんが......。
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次回(3月15日配信予定)は、「旧態依然としたPTA役員を変えるには?」について考える。
■オギリマ サホ(Saho Ogirima)さんプロフィール
1976年、東京都出身。イラストレーターとしてシュールな人物画を中心に雑誌や書籍などで活躍する一方、中高一貫校で社会科講師(倫理)として教壇に立つ。「散歩の達人Webさんたつ」で「さんぽの壺」、「文春オンライン」で「文春野球コラム」など、イラストコラムを連載。著書に『斜め下からカープ論』(文春文庫)がある。
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