本を知る。本で知る。

【試し読み】BTSも愛読する世界的ベストセラー『ミッドナイト・ライブラリー』(3)

ミッドナイト・ライブラリー

 「あなたには、やりなおしたい過去がありますか?」

 全英1位。世界43カ国で刊行。BTSメンバーも愛読する世界的ベストセラー小説『ミッドナイト・ライブラリー』(マット・ヘイグ 著)。本作の日本語翻訳版(浅倉 卓弥 訳)が、ハーパーコリンズ・ジャパンより2月9日に刊行される。

 ぜひ1人でも多くの人に読んでほしい! そんな思いを込めて、BOOKウォッチでは本作の【試し読み】を連載(全6回)でお届けする。

最初から読む

 本作の書評「BTSも愛読する世界的ベストセラー。『もしもあの時......』と後悔している人へ。」はこちら

あったかもしれない人生

■ここまでのあらすじ

 ノーラはその日人生のどん底にいた。飼っていた猫を亡くし、仕事をクビになり、いくら悲しくても話を聞いてくれる家族も友人もいない。頭をめぐるのは後悔ばかり。

 「私がもっといい飼い主だったら」「両親にも亡くなる前にもっと親孝行ができていたら」「恋人と別れなければよかった」「故郷に戻らなければよかった」

 生きている意味などもうないと、ノーラは衝動的に自らの命を絶とうとする。

 だが目覚めたとき、目の前には不思議な図書館が佇んでいた――。

 真夜中の図書館には、司書のエルム夫人がいた。"いろいろなものになり損ねた存在"のノーラは、「"自分がどう生きたいのか"を決断しなくてはなりません」と告げられる。以下、その続きの場面から、【試し読み】をお楽しみいただきたい。

---

動く書架

 ノーラの両側にある書架が動き出していた。棚自体はそのままだが、中にある本が、背表紙をこちらに向けた格好のままで水平方向に流れ始めたのだ。だから厳密には、書架が動いたのではなく、中身だけが移動を始めたというのが正しいのかもしれなかった。

 理由はもちろん、どうやってそんなことになるのかもわからなかった。仕掛けらしいものは見当たらないし、物音もしない。進んでいった先のどこかで、棚から追い出された本が床に落ちるような気配もなかった。そもそもこれらの書架に、端と呼べるものがあるのかも定かではなかった。

 動く速度も棚ごとにまちまちだった。それでもなべてゆっくりだとは言えそうだ。目にも止まらぬ速さというものは、どうやら見当たらない。

 「いったい何が起きてるの?」

 ノーラが尋ねると、エルム夫人はまず背筋を伸ばし、顎をやや引いて、いかにも厳粛そうな表情を浮かべてみせた。そして一歩踏み出してきたかと思うと、両手を伸ばし、ノーラのそれぞれの手をつかんでしっかり握りしめた。

 「いよいよ始まるんですよ」

 「訊いてよければ訊くけど、始まるって、いったい何が?」

 「人生というものはみな、数百万という単位の決断でできています。極めて重大なものもあれば、逆に、まるっきり些細(ささい)なものもある。けれど、たとえどんな決断でも違う形でやりなおせば、結果も自ずと変わってきます。後戻りはできない変化が起き、それがまた、さらなる分岐へと繋(つな)がっていく。ここにある本は、ですからそういった、ひょっとしてあなたが生きていたかもしれない別々の人生へと続く入り口なのです」

 「はあ?」

 「あなたには、秘めている可能性と同じ数だけの、異なる人生があるのだ、ということです。ここにあるのはそういうものたちなんです。かつてのあなたが違った選択をした人生が、この書架には並べられている。選択が違えば当然結果は同じではない。ほんの些細な行動や決断が違っただけで、人生の筋書き自体が別物になっていく。そういったすべてが存在しているのがこの真夜中の図書館なんです。そのどれもが、今のあなたの人生と同じほどに現実なの」

 「パラレルワールドみたいなこと?」

 「必ずしも並行(パラレル)ということではありませんね。むしろ中には、垂直とでもいった方がいいくらいに現在とかけ離れているものもある。ねえ、あなたはそういう、自分が生きていたかもしれない人生というものを体験したいとは思わない? 別の選択の結果を確かめてみるの。何か変えたいものは思い浮かぶ? あるいは、間違ったなと思っていることは?」

 最後の問いに答えることは簡単だった。

 「そうね。あらゆることを間違ったと思ってるわ」

 この返事はどうやら司書の鼻をむずがゆくさせてしまったようだった。夫人は上着の袖の内側にしまってあったティッシュを一枚引っ張り出すと、すばやく顔の前へ持っていき鼻をかんだ。〝お大事に〟と口にしながらノーラが見ていると、夫人が使い終えるなり、ティッシュはたちまち司書の手の中から消えた。魔法みたいだったが、衛生的だとは言えそうだ。

 「心配ご無用よ。ティッシュは人生みたいなものですから。いつだってたくさんあるの」

 そのままエルム夫人は、話の続きに戻っていった。

 「何か一つの選択を変えれば、そこから先はほぼすべてが違ってきます。実際の人生で、たとえどれほど願っても、とってしまった行動をやりなおすことは普通はできません。だけどノーラ、幸か不幸か今のあなたはもう〝人生〟という場所には、厳密にはいないのよ。弾け出てきてしまった。だから、これはあなたに与えられた機会なの。ここでならば、あったかもしれないあなたの人生を、自分の目で確かめてみることができるんです」

 こんなの現実なわけない。声には出さずにノーラは思った。ところがこのエルム夫人には頭の中さえすっかり見抜かれてしまうらしかった。

 「あら現実ですよ、ノーラ・シード。でもね、あなたが理解している〝現実〟とは、確かに少しばかり違います。言い方を変えれば、この一切は〝狭間〟にあるの。生ではないけれど、死に至ってもいない場所。一般的な現実では確かにない。それでも、決して夢だというわけでもない。どちらかだと言えるようなものではないのよ。それが〝真夜中の図書館〟なの」

 書架がゆっくりと動きを止め始めた。同時にノーラは、自分の右側の、おおよそ肩の高さの場所に、大きめの隙間があることに気がついた。ほかの場所では、少なくとも見えているかぎり、どの棚でも本は左右にぎっしり隙間なく詰め込まれていた。ところがこの一箇所だけは、一冊きりの本が、白く薄い棚に横たえられているのみだった。しかもその本は、ほかとは違って灰色をしていた。最初に霧の中で目に飛び込んできた、この建物の表の石壁と、とてもよく似た色味だ。

 その一冊を棚から手に取ったエルム夫人が、さながらクリスマスのプレゼントだとでもいわんばかりの仰々(ぎょうぎょう)しさで、ノーラにそれを手渡した。本は、夫人の手にあるうちはいかにも軽そうに見えていたのに、持たされてみると、見た目とは比べものにならないほど重かった。そのままページを開けようとしたノーラを、だが夫人は首を横に振って制した。

 「あなたはここでは常に、まず私の許可を待たなくてはいけません」

 「どうして?」

 「ここにある本のすべては、ただ一冊を除いて全部が全部、あなたの人生を綴(つづ)っています。この図書館があなたのもので、あなたのためにあるからよ、ノーラ。もうおわかりのように、人生がどう進み、どのような終わりを迎えるかについては、それこそ限りない可能性があるの。ここの書架にある人生は、すべてあなたのもの。しかも、同じ時間を起点としています。すなわち今現在、真夜中です。四月二十八日火曜日の。でもね、同じ日付の同じ真夜中でも、けっこういろいろなんですよ。似ているものもあればまるっきり違うものもある」

 ありえない、とつぶやいてからノーラは続けた。

 「ならその、一冊を除いてっていうのが、ひょっとしてこれなの?」

 そして石灰色のその本をエルム夫人へと突き出すと、相手は眉を上げた。

 「その通りです。しかも、それだけは、あなたが自らの手で書き上げたものなのです」

 「どういうこと?」

 「その本こそが、あなたが抱え込んでしまった問題のおおもとで、同時にその答えでもあるんです」

 「だからこれ、いったいなんなの?」

 「それは『後悔の書』というのですよ」

続きを読む


book_20220204124420.jpg

■マット・ヘイグさんプロフィール
 1975年イギリスのシェフィールド生まれ。大学卒業後、マーケティング会社を経営するなど様々な職を経たのちに作家業に専念。フィクション・ノンフィクションを問わず多岐にわたるジャンルの作品を執筆し、その多くがベストセラーとなっている。"Shadow Forest"でネスレ子どもの本賞金賞を受賞。3作品がカーネギー賞候補作に挙げられている。本書"The Midnight Library"は世界43カ国で刊行され、全英1位を獲得。各国でロングセラーに。2020年Goodreads Choice Awardsフィクション部門を受賞した。

■浅倉卓弥さんプロフィール
 1966年札幌生まれ。作家・翻訳家。東京大学文学部卒業。2002年『四日間の奇蹟』で第1回『このミステリーがすごい!』大賞(金賞)を受賞。同作は映画化もされ、ミリオンセラーに。他の著作に『黄蝶舞う』(PHP研究所)など、訳書にウォリッツァー『天才作家の妻』(ハーパーコリンズ・ジャパン)ほか多数。


※画像提供:ハーパーコリンズ・ジャパン


 
  • 書名 ミッドナイト・ライブラリー
  • 監修・編集・著者名マット・ヘイグ 著、浅倉 卓弥 訳
  • 出版社名ハーパーコリンズ・ジャパン
  • 出版年月日2022年2月 9日
  • 定価1,980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・440ページ
  • ISBN9784596319067

小説の一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?