今年もっとも売れた書籍は『人は話し方が9割』だった。話し方や会話にかんする本は、毎月のように新刊が出る。それほど悩む人が多いということだろう。実際、「話下手は損をする」と感じる場面は多く、「話し方が9割」と言われると、確かに、とうなずきつつ、自分が9割がたダメな人間なんじゃないかと思えてちょっぴり凹む。
どうしたら、会話上手になれるのか。心がまえやテクニックを教えてくれる実用書はたくさんあるが、読んで笑える本にはそうそう出合えない。今回はそんな、笑いながら目からウロコの会話術が身につくおすすめの本を紹介しよう。
『会って、話すこと。』(ダイヤモンド社)は、大阪出身のコピーライター、田中泰延さんが、編集者の今野良介さんと二人三脚でつくった、一風変わった会話術の本だ。
どの章も田中さんと今野さんの対談から始まる。読者は「おっさん同士の会話」に笑いながら、あとに続く田中さんの独り語りで、会話の大事なポイントを整理していく。こうした形式をとったのは、「会話は向かい合ってなされるもので、会話の話をひとりでするということ自体に矛盾がある」という田中さんの考えからだ。
副題に「自分のことはしゃべらない。相手のことも聞き出さない。」とある。では、何を話せばいいというのか。
本書は「なにを話すか」「どう話すか」「だれと話すか(とっかかり編・めくるめく編)」「なぜわたしたちは、会って話をするのか?」の5章で構成されている。ここでは、第1章「なにを話すか」から紹介しよう。
二人の対話は居酒屋で行われる。今野さんが「じつは、わたしスキンヘッドなんですね」と悩みを吐露すると、「見ればわかります」と田中さん。
今野 読者はわからないじゃないですか。
田中 頭部に皮膚以外なにもない状況です。
(中略)
田中 とにかく、出家したのですね。
今野 いえ、仏門には入っていません。あえて言えば出毛(け)ですね。
田中 世を離(か)ったと。
今野 毛を刈ったんです。真面目に聞いてますか?
......
のっけからこの調子で漫才のような掛け合いが続く。今野さんがひとしきり悩みを語り終えたところで、まったく関係のない話を始める田中さん。「そうじゃなくて、私はどうすればいいかを聞いているんです」と話を戻そうとする今野さんに「知らんがな」と一言。
「せっかく打ち明けたのに冷たい」と責める今野さんに、「今野さんかて、ワシの話に興味持ってくれたか?」と返す刀で二人の応酬は続く。そして話題はあらぬ方向へ......。
ここで田中さんが言いたかったのは、「相手はあなたに興味がない」そして、「あなたも相手に興味がない」ということだ。数ある会話術の本には「相手に興味があることを示すこと」と書かれているが、本当にそうだろうか、と田中さんは疑問を呈する。
曰く、「相手のことも、自分のことも、話さない。ある意味『どうでもいいこと』を話す」のが正解だ。
向かい合って話すと、どうしても話題は相手か、自分にまつわることになりがちだ。しかしそれは苦痛であったり、喧嘩に発展したり、しまいには決裂する可能性だってある。だから、「向き合うのをやめ、二人で同じものを見る」のがよいという。
「同じもの」と言っても、ただ空を見て「大きな雲ですね」「そうですね」では会話が続かない。そこで必要なのが「知識」だ。たとえば入道雲の語源など、ちょっとした「知っていること」を言うと、話の接ぎ穂ができる。「それに応じて相手がもし、さらに『知っていること』を重ねれば、そこから話は転がっていく」。勉強や読書はそのためにある、と田中さんは説く。
コロナ禍の世界では(中略)、会えない時に話が弾むことこそ知性と教養なのだと、世界中の人類が痛感したのではないだろうか。
軽妙な文章と心に響く言葉は、コピーライターの田中さんならでは。肩がこらず、劣等感を覚えずに読める。
大阪出身の田中さん。意外にも、日常会話に「ツッコミ」は一切不要だと言う。
たとえば傘を指して「これ、バナナちゃう?」という「ボケ」は、「いま目の前にある現実世界に対する、別の視点からの『仮説の提示』」である。一方、「そんなわけないやろ!」という「ツッコミ」は、漫才や落語には必要でも、現実の会話では、「私は賢くて、お前はバカだ」という「マウンティング」になってしまう。
分かりきったことでも、「実はこうなんじゃないか」と仮説をたて、相手も「いや、こういう見方もあるよ」と乗ってくれたら、話が広がる。「ボケ」に「ボケ」を重ねる、つまり仮説をつなぐことで会話は弾み、良好な関係を築けるのだ。
「結局ボケていればいい」となると、会話とは「その程度の軽いもの」に思えてくるが、かくいう田中さんも、「実は人生というのは会話の結果だけで決まっている」と言う。9割はおろか100パーセント、「あなたはあなたが発した言葉でできている」というのだ。
だれかと話して、気が利いている、節度がある、思いもかけずおもしろい、などの驚きと評価でその人のその後の待遇が決まる。人気者になった人、出世した人、モテた人、大富豪になった人、ほとんど「他人の発言にどう返したか」の積み重ねの結果、そうなっているのだ。
だから、発する言葉にはよくよく気を付けなくてはならない。思ってもいないことを口に出すのはもってのほか、たとえ本音であっても、「今これを言うべきか、言わざるべきか」を判断することが大切だ。そのために田中さんは、「4秒間考えること」を勧めている。「会話術は沈黙術でもある」。言わなくてもいいと思ったら、口に出さないのが吉だ。
正直であること、教養を身につけること、そして、自分以外の誰かに敬意を持つこと。本書では、そんな普遍的な「会話」の真髄を教えてくれる。
小手先のテクニックでは、すぐに見破られてしまう。淀みなく話す必要はない。言い負かす必要もない。ボケにボケを重ねた先に、相手と同じ風景を見ることができたら、会話を心から楽しむことができる。人と人とが「会って、話すこと」が困難になった今だからこそ、誰かと語らい、なにかを共有する機会を大切にしたい。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?