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早大の「川口大三郎事件」を忘れない

彼は早稲田で死んだ

 1972年11月8日、早稲田大学構内で文学部2年生の川口大三郎さんが革マル派の学生に拉致され、殺される事件が起きた。革マル派は、川口さんを中核派の学生と疑い、凄惨なリンチを加えていた。本書『彼は早稲田で死んだ』(文藝春秋)は、この事件を改めて振り返ったノンフィクションだ。著者の樋田毅さんは元朝日新聞記者。

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『海辺のカフカ』にも登場

 この事件は、当時の多くの早稲田大学関係者には忘れられないものだった。村上春樹さんは、『海辺のカフカ』の中で川口さんをモデルにした人物を登場させている。直木賞作家の松井今朝子さんの『師父の遺言』にも関連の記述がある。ともに事件当時、文学部に在籍していた。

 川口さんは、革マル派が拠点とする早稲田大学文学部の、自治会室として使われていた教室で集団リンチを受けた。川口さんが連れ去られた後、友人らが大学当局に救出を訴えたが、大学側は積極的な救出活動をしなかった。川口さんは翌日、変わり果てた姿で、なぜか文京区の東大病院の前に放置されていた。

 多くの一般学生は、早稲田祭の2日後に起きたこの事件に衝撃を受け、革マル派を糾弾する集会が続いた。数千人規模の学生が集まった。川口さんの友人たちは、川口さんが部落問題などに関心は持っているものの、中核派ではないということをよく知っていた。革マル派はいったん謝罪の姿勢を示したが、やがて巻き返し、キャンパスは再び革マル派に支配される――というのが当時の状況だ。

名前を替え、まったくの別人生

 樋田さんの本書には大別して三つの特徴がある。一つは、リンチした側の革マル派関係者にも取材していることだ。本書の冒頭は、当時の早稲田大学文学部自治会委員長に会いに行くところから始まる。 地方都市の駅を降り、家を捜し歩いて2時間。玄関のブザーを押すと、初老の女性が出てきた。「ここは田中敏夫さんのお宅ですか」と尋ねると、女性はいきなり、「あなたは革マル派の方ですか」と問いかけてきた。「いえ、違います」と慌てて答え、来訪の主旨を話そうとすると、「それでは、中核派の方?」と畳みかけてくる。女性は田中さんの妻だった。

 最終章の第7章では、樋田さんと、当時の文学部自治会副委員長との「4時間の対話」が掲載されている。委員長代行も務めた大物だ。彼は名前を替え、まったくの別人生を送っていた。学生運動をしていたころの記憶は「エアポケット」になっているという。このほか、リンチの実行犯だった人物にも会っている。

 70年代から80年代にかけ、本件のような「誤爆」も含めて多数の内ゲバ事件が起きた。死者は100人に上るといわれるが、犯人はほとんど捕まっていない。ましてや襲撃した側の人物の証言は皆無に近い。その後の彼らの人生も闇に包まれている。それだけに本書の「元革マル派活動家」への取材は社会史的にみても貴重だ。

革マル派自治会執行部をリコール

 本書のもう一つの特徴は、著者の樋田さんも当事者だというところにある。樋田さんは事件当時、文学部の1年生。川口さんの1年後輩に当たる。語学のクラスが同じだったこともあって、生前の川口さんを見かけたこともあった。

 事件まで樋田さんは、政治活動とはほぼ無縁だった。体育会漕艇部に属し、新宿のマグドナルドでバイトをしていた。しかし、理不尽なリンチ殺人事件が樋田さんの正義感に火をつけた。あっという間に、革マル派を糾弾する側のリーダー格になり、奔走。一時は革マル派自治会執行部をリコールするところまで追い込んだ。

「H君、文学部一年生。暫定自治会規約など議案書作成者の一人だ。小柄だが特徴のある長髪、あごヒゲをふりかざし、一文クラス討論連絡会議を代表し、千人を超す学生を前に熱弁をふるった。しかし、川口君が殺される前まではコンパ(飲み会)を愛し、酒に酔っては友と肩を組む学生だった...」

 「ある学生の軌跡」として当時、毎日新聞に登場した「H君」が樋田さんだった。気恥ずかしくもあったが、自らが取材され、活字になった経験が引き金になり、樋田さんは新聞記者を志すことになる。

記者になり「赤報隊事件」

 キャンパスが再び革マル派支配になると、今度は樋田さんが革マル派に狙われる立場になった。鉄パイプで何度か襲撃され、重傷を負ったこともある。いったん大学院に進んで、78年、朝日新聞記者になった。 そこで樋田さんはもう一つの「理不尽な殺人事件」に深く関わることになる。「朝日新聞阪神支局襲撃事件」。これが本書の3つ目の特徴だ。

 1987年5月3日、朝日新聞の阪神支局が襲撃され、後輩の小尻知博さんが目出し帽をかぶった何者かに散弾銃で射殺された。すぐに大阪社会部で5人の専従班が組織された。樋田さんも指名されてメンバーになった。

「銃弾で倒れた小尻君と、早稲田での川口大三郎君の死が、心の中で重なっていた」

 樋田さんは時効までの16年間、犯人を追い続けた。さらにその後も個人的に取材を続け、30年間に約300人の右翼関係者に会ったという。2018年には『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)を出版している。

 NHKスペシャルは2018年1月末、2回に分けて「未解決事件File.06 赤報隊事件」を放映、草なぎ剛さんが真相に迫る記者役を演じていた。樋田さんがモデルだ。

 本書と、『記者襲撃』を合わせて読むと、樋田さんの不屈の執念と誠実さ、律儀さを改めて知ることができる。



 
  • 書名 彼は早稲田で死んだ
  • サブタイトル大学構内リンチ殺人事件の永遠
  • 監修・編集・著者名樋田 毅 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2021年11月 8日
  • 定価1,980 円 (税込)
  • 判型・ページ数四六判・264ページ
  • ISBN9784163914459

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