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「日本の闇」に踏み込んだ

記者襲撃

 巻を措く能わず。一気呵成に読んだ。『記者襲撃――赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)。全体の構成も巧みだが、なんといっても内容の迫力が半端ではない。

 最近、新聞記者が書いた本が目立つが、その中でも白眉だろう。よくある調査報道本などとは、全く質的にレベルが異なる。身の危険を感じつつ、長期にわたり「日本の闇」の世界に踏み込んでいるからだ。

個人として書き上げた

 NHKスペシャルは2018年1月末、二回に分けて「未解決事件File.06 赤報隊事件」を放映した。草なぎ剛さんが真相に迫る記者役を演じていた。本書の著者樋田毅さん(1952~)がそのモデルだ。

 赤報隊事件とは1987年から1990年にかけて「赤報隊」を名乗る犯人が起こした8件のテロ・脅迫事件である。朝日新聞東京本社銃撃事件、朝日新聞阪神支局襲撃事件、朝日新聞名古屋本社社員寮襲撃事件、朝日新聞静岡支局爆破未遂事件、中曽根康弘前首相脅迫事件、竹下登首相脅迫事件、江副浩正リクルート会長宅銃撃事件、愛知韓国人会館放火事件。「赤報隊」の名で犯行声明が出され、2003年にすべての事件が時効になっている。

 1987年5月3日の阪神支局襲撃事件では目出し帽をかぶった男が押し入り、銃弾を発射、小尻知博記者(29)が射殺され、もう一人の記者も重傷を負った。記者がテロで殺されたのは日本の言論史上、この事件だけだ。

 著者の樋田さんは事件発生直後から取材班に入り、時効までの16年間、犯人を追い続け、さらにその後も本業の仕事の合間をぬって取材を続けてきた。定年後も嘱託で残り、昨年末に退社して、取材班ではなく個人の名前で書き上げたのが本書である。

義憤に満ちた武士道精神の物語

 樋田さんは事件の3年前まで阪神支局に勤務していた。小尻記者は同じ支局の後輩。したがって本書は、1人の記者が事件の真相に迫るノンフィクションというだけではない。時代劇にしばしばあるように、親兄弟や仲間を理不尽に殺された人物が、仇を取ろうと犯人を捜し歩くかのような義憤に満ちた武士道精神の物語にもなっている。

 犯行声明などから、犯人は右翼的・国粋主義な人物とみられたこともあり、樋田さんは全国の右翼活動家を訪ね歩く。この30年間で約300人。「仲間が殺された無念を晴らしたい。この私の思いに右も左もない。協力してほしい」と率直に気持ちをぶつけ、何人かの右翼と親しくなる。そこからさらに紹介してもらい、少しずつ人脈を広げた。

 新右翼団体幹部の結婚式や近親者の葬儀にも出た。居酒屋で杯を重ねるうちに「あんたが気に入った」とキスを迫られたこともあった。腹をくくってキスを受けた。どんなことをしても事件を解決したい。そう思う定めて30年間、取材を続けた。

書き残す必要があると考えた

 通常の取材とは違って、記者が犯人を追い求める取材だ。ひょっとしたら犯人かもしれない人物と会う可能性もある。その緊迫感が本書を際立たせる。事件は未解決だから、本書で取り上げる全登場人物やグループについて、事件との関係は立証できていない。ではなぜ書くのか。

 書かれる側の人権への配慮はできているのかと自問自答しつつ、「やはり書くことにした。赤報隊による卑劣なテロ事件は、時効が成立しても、真相に挑む過程を伝える社会的な意味は十分にある。さらに、取材を通じて否応なく知ることになった、この社会の暗闇について書き残す必要があると考えた」と記す。

 本書ではこれまで余り書かれていない新興宗教集団の存在、警察や新聞社内部の不可解な動きなどにも触れられている。そして最後に赤報隊に呼びかける。

 「君たちは単なる殺人集団なのか。それとも思想犯なのか。もし思想犯ならば、一連の朝日新聞襲撃事件を起こした経緯について、世間に知らしめたいと思わないのか。君たちは犯行声明文で『わが隊は権力とのたたかいで玉砕する』と書いた。だが、そんな勇ましい言葉とは裏腹に、一五年前の公訴時効まで逃げ切った。今、君たちが事件の真相を語っても、刑事責任を問われることは、もはやない。だから、もしこの本を読んだのなら、名乗り出て、事件の真相を明らかにすべきだ」
  • 書名 記者襲撃
  • サブタイトル赤報隊事件30年目の真実
  • 監修・編集・著者名樋田毅 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年2月22日
  • 定価本体1900円+税
  • 判型・ページ数四六判・240ページ
  • ISBN9784000612487
 

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