「100文字で済むことを2000文字で伝える作家。一生に一度しか起こらないような出来事が、なぜだか何度も起きてしまう」(岸田奈美さん公式サイトより)。
車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟、39歳の若さで急逝した父――。
笑えて泣ける日々を綴った初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(2020年、小学館)が異例の大反響となった岸田奈美さん。
このたび、ゲラゲラ笑えて、ときにしんみり、なんだか救われてしまう爆走エッセイ第2弾『傘のさし方がわからない』(小学館)が刊行された。
本書は、この1年に岸田さんがメディアプラットフォーム「note」に綴ったエッセイから、より多くの人に届けたいエッセイを厳選したもの。
現在、30歳の岸田さんが執筆活動をはじめたのは2019年6月のこと。会社を休職中、ダウン症で知的障害のある弟に励まされたことを「note」に投稿したことがきっかけだったそうだ。
閲覧数は瞬く間に100万回を突破。その後、10年勤めた会社を退職し、2020年4月に作家として独立した。
前作では、自身の家族や目の前で見たままの愛について書くことが多かったというが、本書では「物事を正面から見たままでは、気づけないこともある」と書いている。
「側面や背面に、誰かの優しさや悲しさが隠れていて、それに気づけるかどうかで、目の前に広がる物語の姿形が変わる。(中略)わたしは幸運にも、誰かから何かを受け取ることができた。(中略)たぐり寄せた幸運の一片を、あなたにおすそわけするのが使命だと思いこみ、なんとかかんとか書き連ねてきたのが今作だ」
まず、タイトルの由来となった話を紹介しよう。
その日は朝から「すんごい雨」だった。しかし、親子でラジオ番組に招かれていて、行かなければならなかった。
母は赤いレインコートに赤い車いす。岸田さんはスマホを探そうとして、「ちょっともってて」と母に傘を預けた。すると、「あかん、あかん、あかんて」と母の声がした。
見ると、両手でもった傘に引っ張られるようにして車いすが勝手に動いていた。岸田さんは必死に追いかけ、車いすのハンドルをつかみ、事なきを得た。
岸田 「傘さすんがそんなに下手なこと、ある?」
母 「傘のさし方がわからへんねんてば」
母は大動脈解離の手術の後遺症で、下半身麻痺になった。歩けなくなってから、身体のバランス感覚が崩れてしまった。しかし「もう慣れたらから、ええねん」と言う。
幼稚園生のころ、母が弟ばかり気にかけていたことに腹を立て、自分から道で転んで泣いてうったえた。母は「ごめんね」と言い、手をつないで歩いてくれた。
「あのぬくもりがあったから、いまのわたしがある。いまの母は、誰かと手をつないで歩けない。(中略)できていたことが、できなくなる悲しさと。できなくなったから、できるようになったうれしさと。母とわたしが得たであろうものに、思いを馳せる」
本書は「えらいことになる話」「おすそわけをもらう話」「東京でひとり暮らす話」「これまでのわたしを助ける話」「これからのわたしに宛てる話」の構成。
亡き父が愛したボルボを全財産をはたいて手に入れ、母が手だけで運転できるよう改造してもらった話。字が書けないはずだった24歳の弟の「怪文書」を読み、彼の成長ぶりにおどろいた話。大学在学中にベンチャー企業の創業メンバーとなり、翌日の東京出張で遅刻をやらかさないよう空港で野宿を決行した話......。
どれもすらすら読みやすく、たびたび笑える。ゆるぎない家族愛、日常をドラマチックにする引力のようなものを感じた。
「いままでも1年から3年ごとに、人生に波乱が巻き起こった。家族は死ぬし、歩けなくなるし、川べりで意識を失うし、メンタルはダウンするし。全部、自分じゃどうしようもなかった」
中学生のころ、父が心筋梗塞で亡くなった。「それはもう、つらくてつらくて仕方がなかった」。母と弟がいたから、なんとかやってこられた。そしていま、30年後の未来を思い浮かべる。
「60歳になったわたしのそばに、きっと母はいない。(中略)ひょっとすると、弟だって。(中略)わたしはこの先で、希望を見つけなければ。(中略)走らず、少しだけ早く、歩く。心は希望に向かって爆走している」
岸田さんが一目置かれるのも納得である。言葉選び、ユーモアのセンスが秀逸。身の回りの出来事を、面白おかしく書くことも本質を突いて書くことも、自在にできてしまう書き手。そんな印象をもった。
■岸田奈美さんプロフィール
1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒業。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入。10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。Forbesの世界を変える30歳未満の30人「30 UNDER 30 Asia 2021」に選出される。著書に『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)など。
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