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五輪の舞台、「東京」は今。切れ味鋭いルポルタージュ

ずばり東京2020

 『ずばり東京』は、開高健が1964年の東京五輪直前の東京を活写した伝説的ルポだ。初出は「週刊朝日」だが、光文社文庫で今も読むことができる。おでん屋台やタクシー運転手、し尿処理、集団就職の独身寮などを取材、オリンピックを前にした東京の混沌とした日常を描いている。

 「二匹目の泥鰌」を考えるのは、メディアの常で、「2020東京五輪」を前に、2つのメディアが「ずばり東京」の現代版を企画した。

 一つは月刊「文藝春秋」が「50年後の『ずばり東京』」と題して、2018年8月号から2019年1月号に連載。その後、『平成の東京12の貌』(文春新書)となった。50年後に12人のノンフィクション作家が分担して描いた東京は、どこか疲れた貌をしている。

 「ゴジラとタワーマンション」(髙山文彦)、「東大を女子が敬遠する理由」(松本博文)、「新3K職場を支えるフィリピン人」(西所正道)などのタイトルが並ぶ。

 50年前、一人で『ずばり東京』を書ききった開高健の間口の広さと旺盛な筆力に、改めて脱帽した。「昭和から平成になり、東京の抱える問題が多岐にわたるとともに複雑になり、ある程度専門性をもった書き手でないと深く掘り下げることができなくなったという事情もあるだろう」と、以前にBOOKウォッチ書評に書いたが、武田徹さんが、朝日新聞社の言論サイト「論座」に「ずばり東京2020」のタイトルで、連載(2018年8月16日~2020年9月2日、全25回)しているのを不明にして知らなかった。

 著者の武田徹さんは1958年生まれのジャーナリスト、評論家。専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。著書に『原発報道とメディア』『日本語とジャーナリズム』など。一人で、現在の「東京」に立ち向かった「蛮勇」に敬服した。もちろん、切れ味は鋭い。

 本書『ずばり東京2020』(筑摩書房)は、その連載に書きおろしの「東京コロナ禍日記」を加えたものである。

 コロナ禍前に企画されたので、いくつかのタイトルにその頃の雰囲気が感じられるだろう。「空と水と詩の興亡――日本橋と首都高」、「六本木ヒルズ森タワーから谷底を見れば......」、「二つの五輪と二つの新幹線」......。

「五輪はなぜか感染症と縁がある」

 戦慄したのは、コロナ前なのに、「五輪はなぜか感染症と縁がある」と題した7章のタイトルだ。2019年5月、厚生労働省がエボラ出血熱などの危険性が高い感染症の病原体を海外から輸入、東京都武蔵村山市にある国立感染症研究所の施設で病原体を扱う、というニュースを紹介し、1964年の東京五輪当時も感染症と無縁でなかったことにふれている。

 小児麻痺の原因となるポリオ(急性灰白髄炎)が、日本でも流行していた。ソ連からの生ワクチンを輸入し、急場をしのぎ、その後、国産化も進んだ。

 今回はポリオでもエボラ出血熱でもない新型コロナウイルスだったが、なぜ、この章を書いたのか、武田さんの直感に驚いた。

「東京コロナ禍日記」

 さて、最終章の「東京コロナ禍日記」である。福島県の楢葉町と広野町にまたがるサッカー施設Jヴィレッジからスタートした五輪の聖火リレーから書き出している。発表されたルートはジグザグ模様を描いている。「酔っ払いの千鳥足のようなコース」を地図に照らし合わせて、納得した。原発事故の痕跡がいまだに残る帰還困難地区を見事に迂回していたからだ。

 2020年3月14日に最後まで不通だったJR常磐線の富岡―浪江間が運転を再開し、3・11以来9年ぶりに常磐線が全線で開通したことを紹介し、「常磐線は64年五輪と2020年五輪を繋ぐ補助線になる」と書いている。

 常磐線は内陸部の山間を走る東北本線よりも勾配が緩いため、高速で走る旅客列車や積載量の多い貨物列車の運行に適しており、仙台以北、さらに北海道との間で人と物資を運ぶ主要路線だった。

 開高健も『ずばり東京』で、集団就職で上野駅に上京した「金の卵」神話の裏面を気にしている、と書いている。

 五輪後の1968年には東北本線の全線電化と複線化が完成。東北本線がメインルートになった。さらに常磐炭田の採掘量が先細りになり、福島県は原発誘致に向けて走り出す。

 武田さんはこう書いている。

 「復興とは何だろう、と。ここで大急ぎで歴史を顧みただけでも、原発事故はこの地域の不遇の始まりではなく、むしろ結果であることが分かるだろう。復興五輪はこうした常磐線沿線地域の歴史を正しく踏まえ、未来に向けて地域を再スタートさせるものになるのか。ぜひ取材で現地を訪れ、自分の目で確かめたいと思った」

 2020年3月14日、9年ぶりに全通した常磐線に乗り、現地に取材に行く予定だったが、沿線のセレモニーがコロナ対策で中止になったため、武田さんは上野駅で特急を見送るにとどめた。そして3月24日、東京五輪の1年延期が決まった。

 3月26日、武田さんは車で福島に向かった。

 「64年五輪前のポリオの記憶などもはや失われている。感染症禍をはじめて経験する子供のように怯えて混乱する東京を離れて一人で浜通りに向かった」

 2021年7月21日、福島県営あづま球場で、東京五輪のソフトボール予選リーグ、日本対オーストラリア戦が行われ、日本が快勝した。「復興五輪」の証とすべく、福島で最初の競技が行われたが、「無観客」でスタンドは静まり返っていた。

 今年の東京を歩き回ったルポは誰かが書くのだろうか? ふとそんなことを考えた。

 BOOKウォッチでは、『平成の東京12の貌』(文春新書)、『パンデミック日記』(新潮社)を紹介済みだ。

  • 書名 ずばり東京2020
  • 監修・編集・著者名武田徹 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2020年12月15日
  • 定価1870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・296ページ
  • ISBN9784480017208

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